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第109話<溢れる愛しさ>

ぴちゃり、ぴちゃり……ぴちゃり、ぴちゃり ほの暗い洞穴の寝室で、嵬仁丸の長い舌が佐助の肩を舐める音が響く。 佐助は、人柱にする生贄として攫われた地で、左腿と右肩を鉄砲で撃たれた。かたや嵬仁丸は、脇腹と後足に銃弾を受けただけでなく、背中に大きな刀傷も負い、より重症だった。死を意識したふたりだったが、嵬仁丸の父の救いの手によって命からがら山まで帰ってくることができ、その後おしのとその母親の手助けのおかげでなんとか持ちこたえることが出来た。 嵬仁丸は持ち前の生命力の強さを見せ、みるみる回復した。獣の姿から人の姿へ形を変えた際に、体内にとどまっていた銃弾がごとりと落ちたのが良かったのかもしれぬし、眷属(けんぞく)の狼たちがせっせと狩りをしては精気を(あるじ)に喰わせたのも効いたのだろう。 佐助も弾が貫通し、骨も砕かれていなかったのは幸いだったが、なんといってもただの人だ。薬草の知識は助けになったが、それでも高熱にうなされ、痛みに苦しんだ。たくさん血を失っていたのも回復の妨げだっただろう。ようやく熱が下がり傷が塞がって動けるようになり、洞穴の家に帰ってきた。だが、気丈に振舞いながらも傷が疼いて寝付けぬ日も多かった。 そんなとき、嵬仁丸はすぐに気がついて、佐助の傷痕をせっせと舐めてやる。確かに獣たちは怪我をそうやって舐めて直す。だが、それ以上に温かい舌で優しく舐められるのは心地よく、痛みに強張っていた佐助の体はゆるゆると弛緩し、嵬仁丸の深い愛情を感じて心もほぐれてゆく。そうして暖かい毛皮にくるまれ、佐助はとろりと眠りに落ちてゆく。 その夜も寝付けずにいた佐助の肩を嵬仁丸が舐め始めた。 ぴちゃり、ぴちゃり……ぴちゃり、ぴちゃり…… 「ん……」 「佐助、痛むか?じきに楽になり眠れる」 「うん。……嵬仁丸様、いっつもごめん」 気にするなというように微笑んで、嵬仁丸は再び舐め始める。 ぴちゃり、ぴちゃり……ぴちゃり、ぴちゃり…… 「んん……はぁ……嵬仁丸様……」 「佐助?」 嵬仁丸が鼻をすんと鳴らし佐助の顔を窺った。 「お前……」 佐助が何も言わずとも嵬仁丸には匂いですぐにばれてしまう。佐助は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げ、両手で嵬仁丸の顔を引き寄せるとその尖った口先に口付けた。 「ふふ、獣の姿の時の長い舌も好きじゃけど、口吸いで深う繋がるんが難し……」 佐助が言い終わらぬうちに、嵬仁丸がするすると姿を変え人形になり、そっと佐助の体を抱きしめた。 「痛くはないか?」 「うん。えへへ、傷痕を舐めてくれる嵬仁丸様の舌を感じとったら、ここにも欲しゅうなってしもうて……」 もごもご言いながら自分の唇を触る佐助の上目遣いを見て、嵬仁丸はゴクリと喉を鳴らした。 あの日から、挨拶程度の軽い口付けはしていたが、それ以上のことはずっとしていない。お互い命にかかわる傷を負いそれどころではなかったし、嵬仁丸は自分が回復してからも苦しむ佐助を目の当たりにして、人の命の(もろ)さと(はかな)さを感じ、ただ無事に生きていてくれさえすればと、そればかり願っていたのだ。 「嵬仁丸様……」 艶のこもった声でねだられ、嵬仁丸の中に愛しさと甘い疼きが湧きおこる。大きな手で佐助の頬を包むように撫でれば、ふわっと柔らかい笑みが返ってきて更に愛しさが募った

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