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第110話

可愛い可愛い私の佐助。 お前のことは幼子(おさなご)の頃からずっと見守ってきた。決して日当たりのよい肥沃な大地に蒔かれた種では無かったはずなのに、お前は逆境にも負けず、真っ直ぐに育ってきた。 いくら人から(しい)げられても決して恨まず、忘れることを選ぶお前を見て、私はお前の中に強い風にしなってもまたすぐに天を向く竹のような強さを感じていたのだ。お前の胸が痛みを感じていなかったわけではないのも知っている。だがその痛みはお前の精神を(むしば)むのではなく、他人を痛みを理解し思いやる心を育てた。 純真なお前の存在がどれだけ婆様や私の救いとなってきたことか。お前が他の人間には見えぬ魂の光が見えるのは、お前の心に穢れやくすみが無いからかではないかと、常々私は思うのだ。 「嵬仁丸様?」 優しく頬を撫で続ける嵬仁丸の唇に佐助の指が伸びてきて、すうっと横になぞる。その瞳には番になる前には無かった艶めきがある。 ああ、あんなに純真で清流のように澄んでいたお前がこんな顔をするようになるとは。だが、このようにお前を変えたのは、この私だ。 慈しむ気持ちに加え、嵬仁丸の中に男の喜びもこみ上げる。 たとえこの気持ちが通じることがなくとも、お前が私を慕い信頼してくれるだけで満足だと思っていたのに。無垢ゆえに何も分からぬままお前が口付けてきたとき、どれほど私がときめいたかお前は知るまい。お前が私の番になることを受け入れてくれたとき、どれほど私の心が歓喜に打ち震えたか知るまい。 佐助……愛しい私の番。 人形(ひとがた)の時でも長めの舌で、佐助の唇をするりと舐めれば、佐助が薄っすら口を開いて甘い吐息をもらした。誘われるまま、嵬仁丸は愛しい伴侶の唇を塞ぐ。 無理をさせるつもりはない、口付けだけだと自分に言い聞かせながら、欲しがる佐助の舌を甘く()み己の舌と絡め合わせれば、佐助の喉からくぐもった声が漏れ、甘えるように嵬仁丸の体に腕を絡めてくる。 互いに無事生きながらえ、こうしてまた自分の腕の中に佐助がいるだけで十分だと思っているのに、その白い体から一気に欲情の香りが立ちのぼり、嵬仁丸の腰から甘い痺れが背筋を這い上がった。 「ん……はぁ……」 早くも佐助の目はとろんと惚け、吐息には色が滲んでいる。 あてられて自制がきかぬようになってはと身を引こうとすると、「もっと」と濡れた唇から赤い舌をのぞかせる。 ああ、お前というやつは。人形(ひとがた)になっておいてよかった。より強く(さが)に支配される獣の姿であったら、お前を貪り食ってしまうところだったぞ。 そんなこちらの気も知らず、佐助は夢中で嵬仁丸の舌を吸い、よりいっそう欲情の香りをまき散らす。 「ん……ふ……、なぁ嵬仁丸様……おら、もう傷は塞がっとるんよ?」 むむむ……。 「だが、まだ痛むであろう?それにこんなに痩せてしまって、顔色も悪い。無理はさせられぬ」 「けど、おら、もう体がほてってしもうて……ほら」 潤んだ瞳で見上げてきた佐助は、手を嵬仁丸の背中に回し自分の体に密着するように引き寄せた。その体は熱をはらみ、嵬仁丸の腹には兆した佐助のものが当たっている。 嵬仁丸の頬に自分の頬をすりすりと擦りつけ、耳元で「ほら……なぁ?」と囁く佐助の首筋から匂い立つ甘い香りに、嵬仁丸はとうとう陥落した。 「佐助には、かなわぬな」 お前は常日頃、私に対し山の主と敬意をあらわしてくれるが、実のところいつも(てのひら)の上で転がされているのは私の方だ。 だが、それも悪くない。 嵬仁丸は、白い首筋に鼻を埋め、愛しい番の体を抱きしめた。

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