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要塞

   ノート要塞へ出撃するのはツチラトとグナイアスの率いるアリューシャ家の兵が五千、フィリオン家の兵から三千、カーター家の兵から五千、指揮官はロトとし、フリードは参謀であるロトの指揮下で作戦の鍵を握る。  ノート要塞を守備している兵の数は、フリードが投降前に聞いた情報から変わっていなければ一万。フリードが作戦を実行しガーランド軍を招き入れることができさえすれば、十分に勝機はあると見ていい。  北の要衝を取ればガーランドの機運は高まる。北伐への足がかりとし、コールマンに一矢報いることができる。  出撃部隊はノート要塞を前にして小高い丘の上に陣を敷いた。旗は立てず、ひっそりとその時を待つ。フリードは剥き出しになった岩肌の影から、灰色の要塞の姿を盗み見た。  高揚しているのはガーランドの者たちだけでない。フリードも同じだった。死んだと思われた自分がノート要塞を奪い返してやったら兄はどんな顔をするだろうか。想像するだけで仄暗い興奮が掻き立てられる。    「失敗したら許さない」    緊張と陰りを帯びた声の主を肩越しに振り返り、フリードはそびえ立つ城の様子を再び警戒した。    「失敗はしない。俺は必ずあれを兄から奪い取ってやる」  「奪い返すのは俺だ。お前はガーランド軍の進軍の手助けをするだけ」    頑ななツチラトをふ、と鼻で笑う。投降したばかりの男、そして親の仇に大きな手柄を持って行かれるのは屈辱のようだ。  フリードは岩陰から起ち上がり、陣を背中に立つツチラトへ近づいた。 「じゃあ精々頑張れ。死なねえようにな。前線はまだ二回目だろう」    青年の薄い肩を叩き、陣営の中へ戻る。作戦へ移すため、自分の馬を探す。        目下には濁流が流れている。先日雨が降ったせいだろう、要塞の南を流れる川の流れは速く、仮に泳いで渡ろうと思えば弓兵の矢に射られる前に、足元を濁流に掬われて流されてしまうに違いなかった。     「――何者だ!」    馬の首が向く先に道はない。要塞側から跳ね橋を下ろしてもらわない限り、先を行くことはできなかった。  城壁の上の歩廊からコールマンの兵士が大音声で侵入者へ警告した。彼の両脇では数人の弓兵が矢尻をこちらへ向けている。  フリードは目深に被っていた外套のフードを上げた。遠目から見ても肌の色が判別できたのだろう、兵士たちは明らかにたじろいだ。中心に立つ男はひとりの兵士に耳打ちし、再びフリードへ向けて言葉を投げかけた。   「コールマン家のフリード殿とお見受けいたしますが」 「いかにも。私は先の戦でガーランドの軍に捕縛され捕虜となった。彼らは私を人質にコールマンから多額の資金と物資を奪い取ろうとしていた。隙を見て命からがら逃れてきた。橋を下ろし門を開けよ」    コールマン一族の者を中へ入れない選択はない。たとえ先の戦で死んだと思われた男であっても。  フリードの見立てに間違いはなかった。男は部下らしき兵士たちに指示を与えると城壁の上から姿を消した。ややあって門が重い音を立てて開かれる。数人の兵士たちが出て来て、跳ね橋の装置を動かした。  フリードが馬で橋を渡る間も、歩廊の弓兵が矢を下ろすことはなかった。警戒されている。  門の先では歩哨の兵士よりもいくぶん上質な装備をつけた男が待っていた。   「ご無事で何よりです、フリード殿」     フリードが馬から降りると、部隊長らしき男は憮然とした表情で軽く頭を下げた。   「兄君が大変嘆いておられました。撤退の最中、結果としてあなたを置き去りにしてしまったこと」 「そうか。それで兄はどこにいる?」 「おふたりとも今は王都へ戻られています。数日中にターイン様は要塞へ戻られる予定です。あなたとお会いすればお喜びになるでしょう」 「それはどうだろうな」            要塞の中へ足を踏み入れたフリードは辺りを見渡した。背後で門が閉まり、日光が遮断される。高い城壁に囲まれた内側は薄暗かった。太陽が真上にくる時間帯であればいくぶんかは日が差し込むのだろうが、それも一瞬だろう。  フリードは外側の城壁を越えただけ、先にはまだもうひとつ強固な壁がある。内壁と外壁の間には物見の塔や武器庫や厩舎があり、兵士たちは訓練を行っていた。  探している男の顔はなかった。当然だ、要塞は広く、兵士の数は一万いる。そう簡単に見つかるものではない。  下級兵士の兵舎は内壁の外側、指揮官や各部隊長、上級兵士の兵舎は内側にある。目的の人物は今内壁のどちら側にいる人間なのかフリードにはわからない。   「フリード殿、どうか私たちの心情をわかっていただきたい」  男の硬い声に、要塞の様子から意識を引き戻した。フリードに向き合った部隊長の背後からは、厚く武装した兵士が数人歩いてくる。    「何だ。俺はお前らの気持ちをどう理解すればいい」 「戦士したと思われたあなたは長くガーランドの陣営の中にいた。けして疑う訳ではないのです。ですがこうしないと不安に思う者もいる」    鎧を纏った兵士たちがフリードを両脇から挟み込み、腕を拘束した。腰のベルトを後から掴まれて動きが封じられる。 「ああ、よくわかるよ。俺がガーランドに協力してるんじゃないかと疑わしいんだろう。正しい判断だ」 「無礼をお許しください」 「俺がひとりでこの要塞をどうこうできると思っているのか。そこまでの高い評価をもらったのは初めてだ」        フリードが皮肉を口にしても、男の頬はぴくりとも動かなかった。もちろん笑わせる気もない。男は代わりに部下たちに指示を出し、フリードの頭に布袋を被せた。視界が暗闇に包まれる。

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