「あれ、もしかしてしばらく使ってない感じです？」 　ぐにぐにと腹の内側へ指を進めながら、クセルが問いを落としてくる。 「こっちばっかり使ってました？」 　空いているクセルの片手が、一度射精したばかりであるにも関わらずすでに勃起して反り返っているフリードのペニスを掴む。硬く血管の張った棹を掌でするりと擦られ、中の指をぎゅっと締め付けてしまう。 「ぁ、ウ……そうだよ、悪いか」 「でも女抱くよりこっちに突っ込まれる方が良さそうでしたよね？」 「ア！　ッ……俺は、女は抱かない」 「……そうでしたね。じゃあ適当な兵士のケツに突っ込んでたんですか」 「俺が、適当な兵士にケツ掘らせる訳ねえだろうが」 　上擦る声を抑えながらフリードが返した言葉にクセルは唇の端を緩め、指の数を増やしてぐっと肉の狭間に押し入れた。 「ンっ……何にやついてやがる」 「いや？　隊長のこんな恥ずかしい格好知ってるの俺だけなんだと思うと笑っちまいますよ」 　ふふ、と目を細めて息を漏らす元部下に、こめかみを引き攣らせながら何か言い返そうと口を開いたが、この飄々とした男をこれ以上調子に乗せたくない。 「どっちを使うかなんてどうでもいいから、早くしろ」 「はいはい。早くいれてあげたいけど、久しぶりなんだったら丁寧に解さないとですね」 　白々しい態度で言いながら、クセルはフリードの中に埋めた二本の指をぐっと突き立てた。軽く折り曲げ、腹の内側を探るように粘膜を引っ掻く指の腹の感触が、もどかしい快楽を生む。じわじわと腹の中から広がる甘やかな感覚に、ペニスの先がじんと痺れる。 「ッん、……は、ぁ……っ、おい」 「何です？」 「いか、せろ……」 　苦しくて堪らない。ガチガチにいきり立ったものはクセルの手遊びの玩具にされ、決定的な刺激は与えられない。後孔を丹念に広げながら、クセルの片手は掌で竿を撫で上げたり、充血した亀頭に指を引っ掻けたり、中途半端な接触を繰り返してはフリードを追い立てていた。 「あー、我慢できません？　ダラダラですもんね」 「早く……っ」 　触れ、と主張するかのように、先走りを溢れさせ続けるペニスがビクッと震える。手で握って強く扱いて欲しくてたまらない。 「わかりました」 　そう頷いてクセルは、濡れた肉壁を強く引っ掻いた。ちょうど刺激された前立腺から、散らすことのできない感覚が体内に蓄積していく。 「あ、あ、ッ……ちが、……っ」 「中でいけますよね？」 　はあ、と隠しきれない興奮の滲んだ吐息を漏らしたクセルは、また指を一本増やし、指先で何度も同じ場所をぐっと押し込んでくる。その度に尿意に似た身悶えするほどの快楽がペニスに送り込まれ、尿道までじんと痺れる。出したい。直接触って欲しい。射精したい。それしか考えられなくなる。 「ほら、ここを突くと先っぽがぱくぱくして……出そうな感じ？」 「ゃ、あぁッ、む、り……ッ触れ、早く、いかせろ、クソが……ッ」 「口が悪いですね。可愛くお願いできないですか？」 　お願いじゃねえ、命令だ、と音をなさない声で喘ぎながら、フリードはクセルを睨み上げた。こめかみに浮き出た血管がピクピクと引き攣る感覚がある。ふー、ふー、と獣のように低く息を押し出しながら視線で訴えると、クセルは「しょうがないなあ」とぼやき、戯れに触れさせていた手でフリードのペニスの根本をきゅっと握った。 「ぅ、あ！」 「意地悪して後で殴られるのも勘弁ですからね」 「は……ぁ、あッ……ん」 　待ち望んでいたものがようやく与えられる。ペニスを扱くクセルの手が冷ややかに感じられるのは、下肢に全身の血が集まって熱を帯びているせいだ。 　直接的な刺激にフリードは身悶えた。くわえ、中の粘膜の一番感じるところを執拗に擦られて、腰がガクガクと痙攣する。 　――やっといける。頭の中が真っ白になりかけた時、部屋の隅でガチャン、と硝子が弾けるような音がした。 「……っぁ、……？」 「何ですかね」 　急速に熱が引いていく。 　声音に興奮を残したクセルの身体が離れた。ペニスにも、中にも与えられる快感が途切れ、絶頂を取り上げられた空虚な感覚だけが取り残される。出したい。解放したい。ひと触れでもしてくれたらすぐに達することができるのに。 　わずかに眉を顰めたクセルは緩慢にベッドから下りて戸口へ近づいていく。扉がかすかに開いていた。 　ギギ、と鈍い音を立てて開かれた扉の前で、クセルは「ああ」と声混じりに溜め息を吐いていた。 「覗き見とは趣味が悪いですね。えーと……」 　誰かがいる。フリードからはクセルの身体に遮られて姿が見えないが、誰か立っている。霞む視界を巡らせるとふたりの足元、部屋を出た扉の先に小さな硝子片と液体が散っているように見えた。 「覗きじゃ、……俺は、これを」 　 　声を聞いて爪先がピクリと跳ねる。先刻は不貞腐れた顔をしていた青年の声だ。不自然に上擦り、焦燥が滲み出る。 　ツチラトだ。 「ツチラト殿……でしたっけ？　それは」 「借りを返しに来た、だけで」 「へえ、隊長にですか？」 「っ……、ああ。それよりあんたら、何……」 「借りを返しに来ただけって割りには、ねえ」 「う、わっ」 　何やら不穏な空気を感じる。ぼんやり聞いていると、青年の驚いた声に床を踏み締める硬い音が重なった。振り返ったクセルが、体勢を崩したツチラトの手を引いてベッドまで戻ってくる。そしてフリードが何か言う前に、目を大きく見開いたツチラトが身体の上に降ってきた。 　ツチラトがベッドに腕を突いたため接触はしなかったが、ちょうど戸惑った表情に真上から見下ろされることになる。突き飛ばされたのだ。 「ッ……おい」 「う、…な、何する」 「隊長、見てくださいよ」 　衣擦れの音とともにツチラトの身体が引き起こされる。尻と股間を丸出しにした自分の間抜けな格好を見られるなと思うより先に、フリードの前に膝立ちになったツチラトの下肢を見て目を瞬かせた。 　ツチラトの背後でクセルは軽薄な薄ら笑いを浮かべ、青年の肩越しにフリードに笑いかけた。クセルの腕はツチラトの下肢へ伸び、怪しい手つきが青年の太股を下から撫で上げ擽る。若い男は、暗い部屋の中でもわかるほど顔を真っ赤にしていた。 「このガキ、勃起しちゃってます」 　明け透けなクセルの言葉に、ツチラトは唇を震わせ首をゆるゆると左右に振った。確かに、青年の股間は布地を押し上げて窮屈さを訴えている。 「なん、で……違う、違う、俺の意思じゃない」 「そうでしょうとも。発情期の人狼族が発するフェロモンに当てられたんでしょう」 「発情期……？」 「人狼族に発情期があるのは知ってるでしょ？」 　耳元で囁くクセルに、ツチラトは弱々しく頷きを返す。楽しそうに青年をからかう意地の悪い男は、下履きを押し上げる青年の股間を鷲掴んだ。 「ひ、っ……！」 「人狼族の発するフェロモンは同じ人狼族だけじゃなくて俺たち人間にも作用しちまうことがある。とりわけ隊長は半分人間ですから、その作用は強く働いて、こうやって性衝動を誘発する訳です。困ったもんですね？」 　他人事のようににやにやと笑いながら、クセルはツチラトの肩越しにフリードを見下ろした。完全に楽しんでいる。男の性根に辟易しながら、面倒なことになりそうだと溜め息を吐いた。 「隊長、こういうのはどうです？　不本意に勃起しちまった坊っちゃんを慰めてあげては？」 「はあ？」 　突拍子もない提案だ。反対の声を上げれば、クセルは「でも」と飄々とした語調で言葉を続ける。 「隊長のせいでこうなっちゃったんだから、責任を取るべきでは？」 「お前の口から責任なんて言葉が出るとはな」 「それに隊長も早く欲しいでしょ？　寸止めされてケツ穴もひくひくしてますし」 　指摘を受け、首筋に熱が上る。唐突に快楽を取り上げられたそこは外気に晒されたまま、刺激が欲しいと中の粘膜が収縮を繰り返している。 「お前のじゃなくてもいい、早く楽になりてえとは言ったがな……」 「ふ、ざけるなっ」 　反論の声を上げたのは、ふたりに挟まれたツチラトだった。 　怒りと羞恥に肩を震わせ、フリードを睨み付ける水底の目にはその縁まで水が張っているように見える。 　クセルが焚き付けても、フリードが受け入れても、納得しないのはツチラトの方だ。彼が憤るのは当然のことだった。不可抗力の身体の変化を与えたのは、眼前で脚を広げているのは、親の仇である憎い男なのだ。 「誰が、こいつとなんか……！」 「こう考えてみては？　親の仇を犯し辱しめることで溜飲を下げる」 「お前、めちゃくちゃだな……」 「効果的な復讐方法だと思いますがね」 　鼻唄でも歌いだしそうなほど呑気にぼやいて、クセルはツチラトの下肢に触れていた手を動かした。 「やめろ！　こんなの、ありえないっ」 「けれどこんなに硬くしちゃって、もう引けないでしょ。……わお」 　ツチラトを背後から抱き締めながら、クセルの手は片手で青年の下履きをずり下げる。一緒に下着まで脱がされ、露になったものにクセルはおどけて高い声を上げた。 「はは、お綺麗な顔に似合わず立派なものをお持ちで。色は可愛らしいですけど、童貞？」 　男の揶揄に、青年は暗闇でもわかるほど真っ赤になった顔を泣き出しそうに歪ませた。外気に晒されたツチラトのペニスは十分な大きなに腫れ上がり、桃色をした亀頭は露出しびくりと震えている。 　ツチラトの拒絶に構うことなく、クセルの手が背後から起ち上がったものを掴んで揉みしだくのを見て、フリードは徐々に憐れに思えてきた。 　だが、フリード自身の身体の熱はいまだ冷めず、奥で燻り続けている。太いもので身体を貫かれ、内側に籠る熱を解放したい。それがクセルのものであるかツチラトのものであるかなど、些末事に過ぎないような気もしてくる。