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第10話

少し待てば駅のホームに電車がやってきた。僕らの前を何両か通りすぎ、少し行き過ぎた近くの扉へと足を進め扉近くの座席へと腰をおろした。 もちろん谷中君は僕のすぐ隣に腰を下ろしイヤホンを取り出し携帯へと突き刺していた。 音楽を聴くのか、それとも動画でも見るのかと思い僕はホッとした。 電車に揺られる数十分の間は会話する事がないと思い僕は静かに目をつむって1人の世界を堪能しようと思った。だけど谷中君の考えてる事が僕と合うはずがなく、僕が考えた予想を軽く超えていく。 「郁、はい。これ片耳につけて」 そう言って手渡してきたのは片方のイヤホンだった。 「え?」 残りの片方のイヤホンは谷中君の右耳に装着しており、僕は片方を受け取り固まった。 「耳につけて。係長の音あり動画、見るだろ?」 「!!??」 それは見たいと思い僕は急いで左耳にイヤホンを装着したが上手くハマらなかったのか一度耳に入ったイヤホンは僕の膝上へと落下した。 僕は慌てて拾おうと思ったが、僕よりも早く谷中君が反応し拾ってくれ髪の毛に隠れた耳につけてくれた。その際に髪を耳にかけて僕の耳が外気に触れる。 「郁の耳って小さいんだな。可愛い」 おきまりの笑顔が僕に向けられ一気に汗が噴き出した。 谷中君は携帯へと向き直り係長の動画を僕に見せてくれた。そこには可愛く猫じゃらしに食らいつく係長が映し出されていたが、僕は集中して観ることが出来なかった。 ただ隣に座る谷中君と肩が触れ合うほど近く1つのイヤホンを2人で共有していると言う事実とまた可愛いと言われた言葉を受け止めるのに必死になっていた。 「可愛いだろ?ははは」 周りの人は少なかったが、少し離れた所でこちらを見る女子高生。 谷中君を見てカッコいいと騒いでいたのが僕はより大きく聞こえてきていた。そして好意を寄せる目線は隣に座る僕をとらえ眉間にシワを寄せた。 何が言いたいのか痛いほど理解できた。 それは僕も同じ意見ですよ。と言いたかったがこの状況で言える訳がなかった。

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