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第11話
集中したいはずの係長の動画、滅多に見る事が出来ないはしゃいだ姿、耳に届く可愛い鳴き声。
何も入ってこない、耳に届くのは少し離れた女子高生の怪訝な話声だけだった。
しばらくすれば電車は目的の駅に到着し僕は片方のイヤホンを谷中君に返した。
「ありがとう、可愛かったね」
どもることなく出た言葉は嘘だらけだった。笑顔で「いいよ」と言ってくれた谷中君は僕の腕を持って引っ張ってくれた。
電車から降りて10分ほど歩けば僕らが通う高校がある。まだ登校している生徒はまばらだったが僕達は迷う事なく自分の靴箱へ行き教室を目指した。
もちろん僕らが一番に教室へ入り僕は自分の席へと腰を下ろした。谷中君は自分の席へと向かいカバンを置き直ぐに僕の前の座席の椅子を引き腰を下ろした。
肘を机に起き頬づえをつき片手では携帯をいじる。僕は目の前に座る谷中君を凝視し口を開いた。
「あの・・・・谷中君」
「ん?何?」
僕に声をかけられたからかどうかは分からないが笑顔を絶やさな谷中君。
「えっと・・・・無理に僕に合わせなくていいよ?僕といると、た、楽しくないでしょ?」
自分で言った言葉は見事に自分自身へと突き刺さり痛みを覚えた。だけど目の前の谷中君はキョトンとして頭の上にハテナを浮かべているように見えた。
「え、全然楽しいよ!言ったじゃん、俺は郁が可愛くてしょうがないの。ずっと一緒にいたいくらいだよ」
「あ・・・・・・そ、う」
この人はなんて恥ずかしい事を平気で言うのだろうかと驚き恥ずかしさが一気に襲ってきた。
僕は机に突っ伏し寝たふりを決め込んだ。谷中君は僕が眠たいのだと思い何も言わずにそのままにし黙っていてくれた。
恥ずかしさで顔が燃えるくらい熱くなり僕の目には涙でいっぱいになった。
意識がハッキリとする中、教室の扉が開く音が聞こえてきた。皆が登校してくる時間になったのか扉が開く音が多くなった。
そんな中にはすぐに谷中君の姿を捉え近寄って来る人もいた。入学して数日と言うのに谷中君はすでにクラスの中心的存在だった。
「おはよう」と元気に挨拶する声が男女問わず多数聞こえ、僕はそのまま起き上がることもせずただ寝ていることを周りにアピールしていた。
人が近寄ってくる中、谷中君は「しー」と言ってくれて小声で話をしていた。
疑問だった。どうして僕にそこまでするのか、ただ猫好きで僕が猫みたいだとふざけた事を言いのけ約束したわけでもないのに一緒に登校している。
「これって源道?」
誰かが机に突っ伏している僕に向かって問いかけてきた。
「そうだよ、だけど眠っているから静かにしててよ?」
そう言って周りに小声で説明をする、だけど話しかけてきた男子生徒は構わず話を続けた。
「なんで谷中がこいつと一緒にいる訳?不思議でしょうがないんだけど」
的確な質問だ。僕もそれは不思議に思っていたことだったから聞き耳を立てた。
僕がそれを聞けば可愛いとかふざけたことを言う谷中君だが友達に聞かれて「可愛いから」なんて事は言えないはず。絶対に本音を話すに違いないと思った。だがタイミングが悪く担任の先生が教室に入ってきたのだ。
「郁、先生来たよ。起きて」
僕の肩を揺らす谷中君。僕は眠たくはないが目を擦り「ありがとう」とお礼を伝えた。谷中君は優しく僕の頭を撫でて二度目の「おはよう」を言った。
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