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第14話
今まで何回かあがらせてもらっているが、一階より上に上がったことは一度もない。
一瞬胸には不安が過ぎったがそれはすぐに打ち消された。
もしかしたら上に係長がいるかもしれない。
いつもは玄関の扉を開けたらすぐに駆け寄ってきてくれた係長。なのに今日はその愛らしい姿を拝んでいない。
僕は何の疑いもなく谷中君の言うことに素直に従った。
「こっち」
僕の手を引いて案内してくれた谷中君の自室。窓際にベッドと簡易的な机にイス。部屋の真ん中には小さなテーブルにふかふかの敷物がひかれていた。
谷中君らしい部屋だなと思い、僕は係長の姿を探した。だけどふあふあな姿はどこにも見あたらなかった。
「谷中君・・・・係長は?」
僕が部屋の真ん中あたりに来て振り返ると谷中君は扉の鍵をガチャリと音をあげて閉めた。
「た、谷中、くん?」
僕は自分の目を、耳を疑った。
気のせいではない、ハッキリと聞こえたのは鍵が閉まる音。
そしていつか見たことのある、自分の欲に素直に従うような笑顔を浮かべて僕のことをじっと見ている、谷中君。
「ごめんね。今日さ係長居ないんだ。弟が病院連れて行ってるから・・・・当分帰って来ないよ」
「あ・・・・そ、う、なんだ・・・・」
残念な気持ちもあるが、それよりも目の前の谷中君のことが気になって係長どころではなくなっていた。僕は持っていた鞄を胸に抱き抱えた。
すると谷中君は、
「郁ってさ・・・・何かから自分を守ろうとする時っていつも胸に何かを抱え込むよね。ははは、俺が怖い?」
不適な笑みでゆっくりと僕に近づいてくる谷中君。それに合わせて僕も後ろへと一歩ずつ下がる。
「大丈夫だよ、痛いことは何もしない。ただ、一つだけお願いを聞いてほしいんだ」
「お、お願い・・・・?」
僕に出来ることなら何でも聞きたいが、今の谷中君からのお願いは僕は聞きたくはなかった。だけど逃げようにも逃げられない。
僕は完全に罠にかかった弱い生き物なのだ。
背中に当たるのは壁だった。
もう僕の逃げ場はなく、目の前の谷中君の『お願い』とやらを聞き入れるほかなかった。
「ぼ、僕に出来ること・・・・?」
おそるおそる聞けば谷中君は僕の手を取り深く頷いた。
「郁にしか出来ないことだよ」
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