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第9話

「あーオレオレ。今俺東京におんねん。こっちでよーちょっと働きたいねんけど、身元保証してくれ、代わるから」 耳元に当てていたスマホをおもむろにやっさんに預ける。やっさんは少し戸惑いながら電話の相手に声を掛ける。 「あー、僕、矢口 涼平といいます。東京で小さなバーを経営してまして、昨日弦さんと知り合ったのですが、財布とか全て無くされたみたいで、うちで働きたいと彼が言うので、最低限の身元だけでもと思いまして」 「「ほんまですか。それはえらいご迷惑をお掛けしました。アホな子ですけど、仕事だけは真面目やと思いますわ。私の方も出来るだけの事はさせてもらいますさかい、どうぞよろしくお願いします」」 「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。失礼します」 通話を切ったそのスマホをベッドに放り投げ、「ええオカンやないかー!」と、つい関西弁になってしまった、やっさんだった。 「今日から店に来い。そして、俺ん家で寝泊まりしろ。頼むから次々に女に手を出すなよ。それこそ響に半殺しにされるぞ」 「え、やっさん家に? やったー!! 皐月ー! 家みっかったぞ!!」 「良かったねぇ! 弦ちゃん♡」 お気楽な二人を連れて、バーに戻るやっさんは、これからの事を思って少し楽しくなった。 弦に仕事を仕込むための労力も、この男なら楽しそうだと、思ったのだが…。 「何であんたがここの制服着てんの?」 早々に冬がやってきたようだ。金を払いに来た響が、複雑な顔をしている。更に弦が響の溺愛している妹と一夜を過ごしたなんて、考えただけでも恐ろしいやっさんであった。 「俺、今日からここで働くねん。だから響の金は宛にせん。自分で返す」 「ふーん、まぁいいけど。意外とちゃんとした男だったんだね」 「意外とて失礼な。あ、それとなぁ、言いにくいんやけど、俺お前の「シャーラップ!!」」 弦のお軽い口を、顔を潰す勢いで塞ぐのはもちろんやっさんであった。必死で息をしようと藻掻く弦の耳元で「シーシーシー!」と囁いた。 「お前の何?」 「何でもねぇ何でもねぇ!! 気にすんなよ響! 弦に仕事教えこまなきゃだから、お前何か勝手に飲んでろよ」 「うん」 弦の口を塞いだまま、奥へ連れていく。弦には響の何が怖いのか当然わからなかった。そして、弦の口から手を離し、奥でスマホを弄っていた皐月を呼んで、二人にこう言った。 「お前ら頼むからさ、今回の関係は無かったことにして、誰にも喋んなよ」 「え、俺ら付き合っとんのに?」 「…………?!?!?!」 「あ、やっさん灰になりよった」 「ほんとだ〜! 灰になる人初めて見たよ〜ぷぷぷ。そんなに心配しなくても大丈夫よぅ! 今までだって彼氏いたけど別にお兄ちゃんが何か言ってくるとかなかったよ? まぁそんなに長くも続いてないんだけどー!」 長く続いてない……それが何故なのか…そしてそれに何故気づかないのか。やっさんは前から皐月に対して思ってた事と、昨日知り合った弦に共通点を見出した。 どこか抜けている、いや馬鹿だ、ということだ。 「うん、いいからマジお前らの関係は響に黙っといて。喋ったら弦を解雇す「そら困る!! わーった! 喋らん! 男の約束じゃ」 やっとアホの弦に話が通じたと、やっさんの肩の荷が降りた気がした。皐月と響を鉢合わせないために、裏口から皐月を追い出し、夜9時開店である。 今日の店は暇だったが、ガッツリ客の心を掴むやっさんのトークと、それに突っ込む関西弁の弦は中々良いコンビだと、静かに飲んでた響は思った。 酒の量もヒートアップしてきたころ、やっさんは響の様子を見て、弦に耳打ちをした。 「珍しく響が酔ってる。見てな、あいつおもしれぇから!」 何が面白いのかわからないが、注意深く響の姿をチラチラと確認する。 カランとドアベルを鳴らし店に入って来た客が響の隣に座った。 40代らしいスーツを着た中々ダンディーな男だった。 「マスター、生くれる?」 生を注文した男に絡みつくような視線を送るのは金髪の男、響である。その視線に気づいた中年の男は、 「な、なにかな」 と照れくさそうに言った。

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