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ファザー・コンプレックス

「ん、ふっ……あ、あっ……」 「最高の眺めですね……」 エメラルドグリーンの奥深い瞳を細めながら、セバスチャンがうっとりと言った。 柔らかいベッドに埋もれるように横たわっているのに、黒いスーツも白いシャツも、さらには紺色のタイまでも、襟口まできっちり正しく着こなされている。 ただはだけているのは、ズボンのチャックのみ。 そんなセバスチャンの上で一糸纏わぬ姿で腰を振っているのは、この部屋の持ち主で、知る人ぞ知る名家、一条家の次期当主である一条(いちじょう)景実(かげさね)。 細身ながら幼い頃からの乗馬で培った質の良い筋肉をまとった身体を揺らしながら、快楽を求めてひたすらに喘いでいた。 「セ、バスチャンも、う、動いてぇっ……」 「足りませんか?」 「あっ、あぁんっ、足りないっ……全然、足りない……っ」 「私なんかもう要らないんじゃなかったんですか?」 セバスチャンが意地悪く嘲笑(わら)った。 景実の大きな瞳に、昂ぶった感情がなみなみとこみ上げてくる。 「ごめんって……言ったぁ……!」 それは、くだらない嫉妬だった。 わかっていたはずだった。セバスチャンは一条家に仕える執事で、最優先するべきは父の景英(かげひで)。 当主が来いと言えば、たとえ燃え盛る炎の輪を潜ってでもそこへ行く。 それが、セバスチャンの仕事だ。 わかっていた。 それでも景実は、いつもは燻るだけで勝手に消えていくはずの子供じみた嫉妬の灯火を鎮火することができなかった。 ――今日は俺の誕生日なのに。 だから、言ってしまった。 「そんなに『旦那様』が大事なら、勝手にどこへでも行っちゃえよ!」 「景実様……?」 「セバスチャンなんか、もう要らない!」 「要ら……ない?」 景実の叫び声にも近い捨て台詞を拾い、セバスチャンの瞳がカッと見開かれた――瞬間、景実はそのたくましい腕に囚われていた。 無遠慮に押し付けられる唇から逃げようとしても、後頭部を押さえられていてかなわない。 息苦しくて空気を求めて唇を開けたら、その隙を待っていたかのように長い舌がねっとりと侵入(はい)ってきて、唾液と一緒に何かが押し込まれた。 反射的に喉を鳴らして飲み込むと、小さななにかが食道の壁を擦りながらどんどん下へと落ちていく。 突然の違和感に景実が小さく身震いすると、セバスチャンの唇がゆっくりと離れていった。 「なに、今の……?」 「すぐに効いてきますよ」 「効いてくる、って……」 「特別な薬です。即効性の……ね?」 仮にも主人にあたる人間に一服盛るなんて執事としてどうなんだ! そんなまともな思考は、時計の秒針が一周したところでプツンと途切れた。 「いやだっ……も、おかしくなる……っ!」 〝特別な薬〟が回りきった景実の身体は、本能のままさらなる刺激を求めていやらしくくねった。 その細い腰を支えながら、セバスチャンは規則正しい呼吸を繰り返し、目の前で乱れる景実をただじっと見つめている。 主の後孔にしっかりと咥え込まれた男根は景実の身体が上下するたびに猛々しさを増していくというのに、その表情はぴくりとも動かなかった。 「セバスチャン……セバスチャン……!」 自分が動くだけでは当たってほしいところに届きそうで届かず、もどかしさばかりが募る。 景実は自分でも気づかないうちにまるで慈しむようにその名を口にしていた。 「もっと、ほしいっ……もっと、もっとぉ……っ!」 セバスチャンの喉仏が、ゆっくりと上下する。 見上げる碧色の瞳を、景実の充血し潤った目が煽った。 「ちょうだい、セバスチャン……! セバスチャンを、ちょうだい……っ」 セバスチャンは、初めて頬の筋肉とヒクつかせた。 うまい具合に絆されたものだ、と思う。 ひとまわり以上も年下の景実に、こんなにも心乱されるとは。 セバスチャンは景実の腰を引き寄せると、勢いよく下から突き上げた。 「あっああぁん……っ」 待ち望んでいた刺激を与えられ、景実の声が一段と高く、甘くなる。 セバスチャンはゆっくりと自身を引き抜くと、また一気に奥まで貫いた。 そのままぐちゅぐちゅと濁った音を立てながら性急な抽送を繰り返す。 柔らかなベッドが沈んでは浮き、浮いては沈んだ。 「あ、ああっ! い、いきなり、激しっ……」 「優しくしてほしいなんて思ってないだろ?」 耳を撫でる低い声に、景実の中が震えた。背中を淡い痺れが這い回り、下腹部の筋肉が勝手に収縮し、太ももが小刻みに痙攣する。 「これ……俺のこれ……さわってっ……」 景実は、夢中で自分の欲望を揺らした。 頭の奥で冷静な自分が、これは薬のせいだ、と小さく囁くが、とうに脳を逃げ出してしまった理性を呼び戻すことはもうできない。 「セバスチャンの手で、さわってぇ……!」 セバスチャンは真っ白な手袋を綺麗に並んだ歯で咥え、右手から一気に引き抜いた。 「はやく、はやくぅ……あぁあんっ!」 長く繊細な指に今にもはち切れてしまいそうな肉棒を握り込まれ、景実の嬌声がひときわ大きくなる。 セバスチャンの手が動くたびに先端から淫らな露が溢れ、その手を汚した。 「セバスチャン……セバスチャン……!」 景実の全身が強張り、ペニスが大きく痙攣する。 呼応するように締まったアヌスに自身が千切れそうなほど強く締め付けられ、セバスチャンは喉の奥で唸った。 「……っ」 「あっあっんんぅっ……!」 ドクドクと脈打つように白濁を吐き出しながら、景実は身体の奥に注がれるセバスチャンの熱い精を感じていた。 ***** 「……なんだったの、あの薬?」 驚くほどの手際の良さで服を着せ直していくセバスチャンの指先を視線で追いながら、景実が呟く。 気だるさの残った身体は、ベッドに沈み込んだままだ。 「媚薬です」 あまりにシレッと言われたせいで、一瞬聞き逃しそうになった。 「び、媚!? って、そんなのどこで手に入れるの!?」 「知りたいですか?」 「う……いい、知りたくない」 鋭くなった緑色の眼光から逃れるように顔を背けると、セバスチャンがクスリと笑った。 「景実様」 「ん?」 「お誕生日おめでとうございます」 景実は勢いよくセバスチャンを振り返り、そして、固まった。 「……え?」 「私からのプレゼントです」 「なに、これ?」 「バイ……」 「あ、いい! 言わなくていい!」 「これからしばらく旦那様のお仕事の付き添いで景実様のお相手ができそうにありませんので、会えない間はこれを私だと思ってください」 そんな甘い囁きを添えて差し出されたものだから、景実はつい大事そうに両手で受け取ってしまった。 やり取りは十年くらい前にライオンのぬいぐるみをもらった時と同じだが、今手の中にある物はまったく違った。 好奇心も手伝って、景実は手の中のそれをマジマジと観察してしまう。 形は確かにデフォルメされた男性器のようだが、色が黒いせいか毒々しい感じはあまりない。 先端に触れると、思ったよりも柔らかかった。 持ち手の部分にある突起が気になるが、激しく嫌な予感がするので今は押さないことにする。 景実は隅々まで見回して、セバスチャンを見上げた。 「なんか……でっかくない?」 「特別に私サイズで作らせました」 景実の目が、しぱしぱと瞬いた。目の前の執事が、なにを言っているのかわからなかった。 「市販のものも取り寄せてはみたのですが、どれも小ぶりで……いつも私のを咥えて悦んでいる景実様には物足りないだろう、と思いまして」 しぱしぱ。 景実の長い睫毛がまた揺れる。 「形もできるだけ似せるようにお願いしたので、きっとご満足いただけると思いますよ」 しぱしぱし……、景実の瞬きが止まった。 エメラルドグリーンの泉が、景実を覗き込む。 「景実様は、もう私なしではイケない身体になっているでしょう?」 「……っ」 景実の全身が、ぶるぶる震えた。 その反動で手にしていたそれのスイッチが入り、低い唸り声を上げ始める。 しばらく小刻みに振動していたそれは、やがてぐわんぐわんと不規則に動き始めた。 驚いた景実が眼を見張ると、セバスチャンの低い声が得意げに応える。 「景実様の前立腺を的確に狙うモードです」 「……」 「景実様?」 「……っ」 「景実ぼっちゃ――」 心配そうに眉を寄せたセバスチャンの胸板に、テロン、っとそれが投げつけられた。 「やっぱりセバスチャンなんて要らない……っ!」 景実は本日二度目の捨て台詞を吐き捨て、一目散に部屋を飛び出したのだった。 fin

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