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real or fake?

 景実(かげさね)は、困っていた。 「どうしよう……イケない!」  涙まじりの悲痛な声を上げ、全身を震わせる。その右手は勃起したペニスをしっかりと握りしめていた。  一条(いちじょう)家の広大な庭を、競い合うように咲き誇る桜の花たちを撫でながら、暖かな風が吹き渡っている。  そんな麗らかな春の午後。  景実は、ひとり薄暗い自室に篭り自慰行為に耽っていた。先週10代最後の誕生日を迎えたばかりということを考えれば、いかにも暇を持て余した健全な成年男子らしい〝遊び〟だ。ただひとつ19歳らしくないのは、一度も達せないままかれこれ30分格闘しているということだった。  半周してしまった掛け時計の長針を睨んで、景実は足首に引っかかっていたズボンを下着と一緒に蹴り落とした。すべての衣服を取り払った下半身をベッドに投げ出し、壁を背もたれ代わりにして座り直す。景実の性器は決して大きくないが、その感度は良好以上だ。利き手で陰茎をやんわりと握りしめ根元からゆっくりと扱き上げると、すぐに硬度を増し反り返ってくる。親指で鬼頭を捏ね、人差し指で鈴口を抉ると、陰嚢が収縮してその快感を表現した。  徐々に手の動きを早め、自身を攻め立てる。だが、激しくなるのは息遣いばかりで、昂ぶるはずの感情は心の奥深くに沈んだままだった。 「ダ、ダメだ……」  気の早い先走りはどんどん溢れてくるが、絶頂に登りつめるほどの快楽は感じられない。景実は自分の性器を解放し、ゴン、と後頭部で壁を殴った。イけない原因はとうに分かっていた。  足りないのだ。  セバスチャンが景実の父、景英(かげひで)の仕事に付きっきりになって今日でちょうど一週間。景実は、身体の疼きに気づかないフリをして過ごしていた。今日ついに我慢の限界がきて股間に手を伸ばしたまでは良かったが、さらに欲求不満を募らせる結果になってしまった。  思えば、オナニーすること自体が久しぶりだった。身体が火照る夜はいつもセバスチャンの部屋に忍び込み、自分から服を脱いだ。初めて精通したのも、セバスチャンの手の中だった。景実の性体験の記憶は、すべてセバスチャンと結びついている。 「セバスチャン……」  ふと溢れた自分の吐息が切なる思いに満ちていて、景実は狼狽した。これほどまでにセバスチャンを求めてしまっている自分に驚く。  セバスチャンの長い指で、いじらしく震える性器を思いっきり扱き上げてほしい、優しくなんてしてほしくない。こっちの都合なんておかまいなしでいきなりお尻に指を突っ込んでほしいし、痛いくらいに乳首を抓ってほしいし、嬌声を上げて善がる景実を涼しい顔で見下ろしてくるくせに、ズボンがはち切れそうなくらいに股間の肉棒を滾らせてほしい。  景実はベッドから飛び降り、祖父の代から受け継がれてきた歴史ある勉強机に駆け寄った。一番大きな引き出しを開けると、目に入るのはいくら健全な成年男子と言えどもそうお目にかかる機会はないだろう代物。セバスチャンに『寂しくなったらこれを自分と思って』と託されたグロテスクな贈り物だった。  一週間ぶりに手にするそれは、暗闇に閉じ込められていた間にずっしりと重みを増したような気がする。改めて見つめ、その大きさに景実は喉仏を上下させた。墨のように一切隙のない濃い色も恐怖心を煽ってくる。 「こんなの突っ込むくらいなら自分の指の方がマシ……」  偽のペニスをもう一度葬りかけて、景実は思いとどまった。確か、セバスチャンは自分のそれに形も大きさも似せて作ったと言っていた。  これを使えば、セバスチャンを感じることができるだろうか。    数分後、景実はさきほどまでとは違う意味で困っていた。手の中には、艶めかしく輝くセバスチャン2号。これでもかと塗りたくったローションが床に垂れないよう角度を保ちながら、景実は悩んでいた。  どういう体勢でやるのが正解なんだろう。  一瞬、スマホで調べてみようか、なんて馬鹿げた考えが浮かんだが、景実は頭を振ってそれを取り消す。まさか、これを『使った』証拠を残すようなミスを自ら犯してしまうわけにはいかない。マスタベーションのようなプライベートな行為は秘密であるべきで、ほかの誰にも知られてはならない。それがたとえセバスチャンであっても。  とりあえず自分の手が後ろに届く体勢ならいいだろう。  そう結論づけ、景実は身体の左側を下にしてベッドに横になった。抱えるように膝を曲げ、まずは手で自分の尻穴の位置を確認する。  なんでひとりでこんなことを……。  ふと立ち戻った理性が景実を留まらせようと働きかけてくるが、その理性も、バイブの滑った先端が入口に触れた瞬間あっけなくどこかへ飛んでいった。 「んっ……ん、んっ」  まだ身体も心も準備できていないはずなのに、燻っていた火種はあっという間に再燃する。 熱に炙られるように手が勝手に動き、太いそれを押し込もうとしていた。慣らされていない蕾は頑なで、侵入しようとする異物を懸命に押し返そうとする。景実はいつもセバスチャンの肉棒をすんなり受け入れてしまう自分のアヌスを淫乱だと叱咤していたが、セバスチャンがどれほど丁寧に準備してくれていたのか分かって、ますます心淋しくなった。  ――ぼっちゃま、ゆっくり息をして。  初めて繋がった夜耳に直接注ぎ込まれたセバスチャンの低い声が、頭の中に蘇る。記憶の中の声に導かれるように深く息を吸って吐くと、一気に挿入が深くなった。 「ん……んうぅ……っ」  景実は、ナカを埋め尽くす違和感に苦し気に喘いだ。セバスチャンは自分の性器を模したと豪語していたが、嘘だったのだろうか。  本物とは、なにもかもが違う。  セバスチャンの存在を感じたくて始めた行為なのに、今ここにセバスチャンがいないことをさらに強く感じさせた。内臓が押し上げられる苦痛ばかりが強調される。 「あっ……っふ、ぅん……っ」  それでも中途半端な熱に浮かれされた身体は欲望に正直で、さらなる快楽を求めて腰が勝手に揺れ始めた。ゆっくりと抜き差しを繰り返すと、違和感は徐々に薄れ淡い快感へと変化していく。性玩具で感じて淫らな声を漏らす自分がいたたまれなくて、景実は目を瞑った。 奇妙に蠢く瞼の裏側に、セバスチャンの姿を思い浮かべる。  景実を見下ろすエメラルドグリーンの瞳。達する直前、ほんの一瞬だけ余裕を失くすセバスチャンを見るのが好きだった。いつも悔しいくらいに皺ひとつないセバスチャンの額が、僅かに強張るその瞬間。そうさせているのが自分なのだと思うと、たまらなく幸せだった。 「あっ、あっ、セバスチャン、セバスチャンッ……!」  近付いてくる。  波がざわざわと腹を駆けまわり、やがて絶頂に続く道のりへと誘い始める。  くる。  くる。  く―― 「一週間ですか」  夢中で抜き差ししていた黒いバイブを、白い手がそっと包み込んだ。 「思ったより我慢できましたね」 「セバス、チャン……?」  宝石のように美しいふたつの瞳が、景実を覗き込んでいた。 「な、んで……」  景実の唇がわざわなと震える。 「なんで止めるんだよぉ!あとちょっとでイけそうだったのに……っ」  会えて嬉しい。  そんな甘い気持ちは、今の景実には届かなかった。景実のペニスからは、乳白色の蜜がとめどなく溢れている。まるで、ぎゅうと押しつぶされた練乳チューブのようだ。 「まさか、こんなモノでイきたいんですか」 「だってセバスチャンが……あっ!」  カチリと小さな音がしたのと同時に、景実の膝が痙攣した。 「あっ……はっあああっ……!」  景実の中のあちこちを擦って抉り取りながら、セバスチャン2号が大暴れする。 「やっやめっ……セバスチャッ、と、とめてぇっ……」 「止めていいんですか?気持ちよさそうですよ?」 「ちがっ……ちがうっ……と、止めてぇ……っ!」  堰を切ったように涙を流しながら、景実が懇願する。すると、セバスチャンは景実の手を握ったまま勢いよく肘を引いた。2号が内壁を逆撫でしながら出て行き、景実の身体が大きく跳ねる。セバスチャンは、自分の分身には一眼もくれず床に投げ捨てた。 「景実様が本当にほしいものはなんですか?」  白い手袋を纏った指が景実の細い手首に巻きつき、自ら足の間へと導いていく。セバスチャンの男根は、すでに硬く太く起ちあがっていた。  エメラルドグリーンの瞳が、景実を見据える。今にも爆ぜてしまいそうな熱を携えた緑色の視線で犯され、景実の身体が悦びに打ち震えた。仰向けに横たわり膝を曲げ、躊躇いながらも両脚を割る。そして、潤い鈍く光るそこを自分の手で押し拡げ、強請った。 「セバスチャンのちんちんほしい……っ」 「いい子だ」 「あ、あああんっ!」  セバスチャンの猛々しい欲望が再奥に届いた瞬間、景実のペニスが膨らみ、白濁の飛沫が溢れ散った。    *** 「ん……ん……っ」  射精したばかりの身体を内側からかき混ぜられ、景実はシーツを握りしめた。桃色に膨らんだ入り口を押し拡げられ、細い背中が強張る。ぽっかり開いた穴からトロリと流れ出てきた精液を、セバスチャンがティッシュで綺麗に拭き取った。 「はい、おしまいです」 「うぅ……これほんとやだ。気持ち悪い!」 「しょうがないでしょう。景実様は放っておくとすぐお腹を壊すんですから」  そんな心配するくらいなら、最初から中に出したりしないでほしい。  景実は、密かな恨みを込めてセバスチャンの涼しい横顔を睨んだ。自分はまだ半裸のままだというのに、セバスチャンはいつの間にかきっちりと服を着こんでいる。ずるい。 「これ、どうでした?」  床に捨て置かれていた2号を拾い上げ、セバスチャンは景実の目前にずずいと押しやった。表面が乾いて白い粉を吹いている様が、なんとも生々しい。 「気持ち、よかった……けど、本物とは全然……違った」  セバスチャンが、ふ、と笑う気配がした。不意にベッドが軋み、身体が傾く。気がつくと、景実はセバスチャンの腕の中に閉じ込められていた。こんなに優しく抱きしめられるのは、幼い頃熱を出して寝込んだ時以来かもしれない。 「父上の仕事、終わった……?」 「はい」 「そっか」  小さな子供のようにすり寄ってくる景実の背中を、セバスチャンの白い手がゆっくりと行ったり来たりする。 「……セバスチャン」 「なんですか?」 「なんか背中、冷たい」  セバスチャンは自分の手を見て、呼吸を止めた。エメラルドグリーンの瞳がとらえたのは、淫らな諸々にまみれ濡れそぼった白い手袋。 「セバスチャン、手袋着けたままだったの?」 「……」 「セバスチャン……?」 「……」 「どうし――」 「お仕置きだな」 「へっ……?」  セバスチャンは、勢いよく景実の身体をひっくり返し、その上から覆いかぶさった。 「えっ、えっ!?」 「ほら、腰を上げて」  尻を掴み高く上げさせ、ようやく窄みかけていた景実の秘孔に舌を這わせる。 「ふあっ!?」 「まだぐずぐすですね」 「あ、あっ!」  舌先をぐに、と押し込められ、景実の腰が震えた。 「ああんっ!ちょ、ま、待っ……あ、あ、あんぅっ」  唾液でしっとりと潤った入口に、セバスチャンの昂ぶりがあてがわれる。 「あ、あっ!」  無遠慮に侵入され、景実の身体が強張った。 「な、なんで、お仕置き、なんだよぅ……っ」  セバスチャンは答えない。言えるわけがないのだ。  手袋を脱ぐ余裕もないほどバイブに嫉妬した――だなんて。 「いい声で啼いてください」  形の良い耳に吐息を注ぎ込み、セバスチャンは景実の柔らかい尻肉に自らの腰を打ち付けた。  fin

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