――次の日。 　俺達の働く店舗を一時休業扱いにして、芝崎はインフルエンザでダウンしてしまったみわ子さんの代わりに、2号店へ出向する事になった。 　その間、俺は自宅で芝崎の息子である航太の面倒を見る事になり、彼が自宅に来るまでの間に、部屋の掃除や航太の仮住まいとなる客間の準備などに追われていた。 　その日の昼、俺は芝崎から教えられた時間に合わせて到着するという航太を迎えに行くために、近くの駅まで歩いて行った。 「13時30分か。…そろそろかな」 　ちなみに駅自体は無人駅で特に入場券などは必要のない場所なので、俺は駅のプラットフォームに入って、航太の到着を待った。 　それから間もなくして駅に電車が到着し、俺は航太の姿を探した。…が、降りる人間は少ないはずのに、肝心の航太の姿が見つからない。 　約束の時間なのに相手が見つからないので、仕方なく芝崎に確認をしようと携帯を取り出して電話をかけようとしたその時、突然後ろから声を掛けられた。 「あのー…あなたが結真さんですか？」 「…え、はい。結真は俺ですが…えっ！？」 「初めまして。芝崎護の息子の、乾航太です」 「…嘘、だろ……」 　そこに見えた姿は…どう考えても少女にしか見えなかった。 芝崎からは息子だと聞いていたので、一瞬何かの人違いかと思った。だが当の本人がそう名乗ってくれたので、俺は目の前のこの少女のような見た目の子供がそうなのだと確認できた。 しかし同時に、複雑な気持ちにさせられているのもまた事実だった。 　こんな昼下がりの明るい時間に、未成年の少女(のような外見)の子供に後ろから声を掛けられる俺、御年41歳。下手すりゃ犯罪レベルにもなりかねないこの状況に俺は戸惑いを感じつつ、この子を連れて自宅に戻らなくちゃならないのかと頭を抱えた。 「すみません。大丈夫ですか？」 「…いや、ごめん。…航太君だっけ。…君、男の子…だよね？」 「はい。見た目が女の子っぽいのでよく間違えられますけど…オレはれっきとした男です」 「…ああ、そこはちゃんと自覚してるんだ。良かった…」 「…おかしいですか？」 「そういう訳じゃないけど…両親がどっちも美形だから、子供も同じようなDNAを受け継いでいるって事なのかなって、そう思っただけだよ」 　なにせ目の前に居るこの航太の両親は、あの芝崎とみわ子さんなのだ。俺が最初に受ける第一印象のこの感覚自体は想定済み…のはずだった。だが実際に蓋を開けてみれば…これだ。 　俺はなるべく平静を装って彼の荷物を持ち、自宅までの道を歩いて行ったのだった。 「…ここが俺たちの住んでる所だよ。少し待っててね」 　俺はカードキーを取り出し、自宅マンションの部屋番号を押して施錠を解く。 入ってすぐの所にある管理人室にいるおばちゃんに声をかけて、俺と航太は自宅へと上がっていった。 「…さあ、どうぞ」 「失礼します」 「航太君、何か飲む？…って言っても、コーヒーくらいしか無いけど…」 「結真さんって、後ろ姿が綺麗ですよね」 「…え？」 　突然そんな事を言われて、俺は一瞬驚いた。 「駅であなたを初めて見た時、すぐに分かりました。…ああこの人だって」 「…そう？」 「…オレ、そういうのすぐ分かるんですよ。綺麗な男の人が好きなんです」 「へえ、そうなんだ。でも、君のお父さんも綺麗な人だよね。…初めて年齢聞いた時、俺驚いたもんなー。嘘だろ！？ってさ」 「オレ、ゲイなんですよ。…だから結真さんのような人ってすごく好みなんです」 「…は？今、何て言ったの？」 「オレはゲイなんです。しかもかなり真性の。だから結真さんみたいな後ろ姿の綺麗な人が好みのタイプなんです」 「…そうなんだ…。でも俺、もうおじさんだからなぁ…」 「オレは年上でも全然平気ですよ。…て言うか、オレの恋愛対象は年上の綺麗な人なんで、あなたみたいな人の方がむしろどストライクですね」 　一見、少し大人びた考え方の持ち主なのかと思える航太と普通に会話してるようには見えるけど…その内容がどうにも怪しい。…俺、もしかしなくても…彼に狙われてる……！？ 　それが本当なら、俺がこの航太と二人で居る時間が増えるというこの実態は、ある意味自分の貞操(?)を警戒しなくちゃならないのかも知れない。頼む芝崎…早く戻ってきてくれ…。 　そう願わずには居られない俺だった。