航太の高校受験の当日を迎えた朝。 　俺は、連日の2号店出向で疲れ切っている芝崎をなるべく起こさぬように、ゆっくりとリビングからキッチンへと移動して、航太の為に弁当を作って持たせることにした。 「航太君。…起きてる？」 「…あ、結真さん…。おはようございます」 「航太君。これ、良かったら持ってって。…一日中試験じゃ大変でしょ。俺が作ったものだから、味の保障はあまり無いかも知れないけど…」 「いえ、助かります。ありがとうございます」 「ごめんね。護さん起こすの悪いから、今日は俺が朝食とかも支度してるんだけど…」 「あ、はい。それも頂きます」 「２日間だっけ、試験あるの？」 「はい。出来る限りの事はしましたから、後は自分の力でどうなるかってだけです」 「そうか。じゃ、頑張ってね」 「結真さんは何だかお母さんみたいですね」 「えー。…俺じゃ、みわ子さんの代わりにはならないよ？」 「あの人はあの人ですよ？結真さんとは違いますから」 「でもみわ子さんと同じくらい、航太君には愛情を注いであげたいなぁとは思ってるけど…」 「じゃ、オレにキスしてくれます？」 「…え！？…どこに？」 「…もちろん唇に」 「…いや…ごめん、航太君…。申し訳ないけど、それはしてあげられない…」 「…どうしてですか？オレ、言いましたよね？結真さんみたいな人が好きだって」 「…それはまあ…聞いてないとは…言わないけど…」 「オレ、結真さんが相手なら何でも許せますよ。キスだって、もちろん身体だって」 「航太君。冗談にしてもそれはちょっと度が過ぎるよ。君はまだ若いから、もしかしたら純粋に好きだと言ってるだけなのかも知れないけど…あまりそういう事を軽々しく口に出しちゃいけない。…君の気持ちは嬉しいけど、俺には俺の考え方があるんだ。だから、いくら護さんの息子の航太君とは言えど、その想いには応えてあげられない」 「…そうですか。…すみませんでした」 「航太君にもきっといい出会いがあるはずだよ。…いつかはね。…さあ、御飯が終わったら頑張って行っておいで」 　一瞬、航太の思いの勢いに引き込まれそうになった俺だったが、間一髪の所で何とか回避させた。どうやら、思い込みの強さは親子ともども変わらないらしい。 　だがやはり、息子の航太が持つ芝崎の面影が強く影響しているからなのか、俺自身の気持ちも何だかぐらつきそうになってしまったのもまた事実だった。 　自己犠牲の精神がもたらす優しさを持つ父親の護とはまた違う、航太自身の持つ真っ直ぐで強い気持ちが俺にとってはすごく新鮮で、こういう駆け引きも嫌いではないな…と思った。 「じゃ、行ってきます」 　少し寂しそうな声でそう言った航太を、俺は黙って見送った。 　 「…さて。じゃ、もう一人を起こそうかな」 　俺はそのまま芝崎の部屋の前に移動して、そのドアをノックした。 「…芝崎さん、芝崎さん！…起きてください」 『……。』 　よほど疲れているのか、部屋の主からの応答はすぐには返ってこなかった。 「…仕方ない、例の奴をやるか。…芝崎さん！開けますよ！！」 　俺はバタン！と思いきりドアを開き、そのままベッドに直行してサイドに座り、芝崎の布団を思いきり引きはがした。 「…結真君、寒いです…。布団返してください…」 　寝ぼけた声でそう言って、芝崎は俺の顔をゆっくりと見上げた。 実は俺は、この瞬間の芝崎の無防備な姿とその声を聞くのがとても好きなのだ。 「…おはよう、護さん」 　布団を唐突にはがされて慌てる芝崎の顔を見つめながら、俺はにこやかな笑顔で声をかけてそのまま軽くキスをする。ある意味の支配感で満たされるこの瞬間は、とても楽しい。 「…航太は…？」 「さっき出かけましたよ。ちゃんと弁当も作って持たせましたから、ご心配なく」 「そうですか…ありがとう」 「よっぽど疲れてたんですね。俺がいくら声掛けても全然反応がないから、どうしたのかと思っちゃいましたよ」 「…そうですね…。ずっと慣れない所で仕事をしてましたから、少し身体に負担がかかっていたのかも…」 「…ついでに朝食も出来てますから、良かったら一緒に食べません？」 「朝食って…結真君が作ったんですか…？」 「適当に作った男料理ですけどね。俺も一応、それなりにはやってますから」 「…嬉しいです。ありがとうございます」 「さ、分かったらさっさと起きてくださいよ？」 　 　ほらほら早く…とまだ少し寝ぼけ気味の芝崎を急かし、俺は部屋を出ていった。