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scene.5 親としての苦悩

 航太を送り出し、芝崎を無理矢理叩き起こして食事を終えた俺たち二人は、この日がサロンの定休日である事を利用して、みわ子さんの見舞いに行くことにした。  みわ子さんの住む自宅は、2号店の店舗のある近隣の駅から更に一駅過ぎた町の一角で、しかも戸建ての家だった。 「えー、嘘だろ…。一戸建てじゃん」 「みわ子さんと離婚するまでは僕もこの家に住んでいたんですよ。いわゆるマイホームってやつでして」 「それでこの規模か。…あんたどんだけ稼いでたんだ?」 「確かに当時の僕もそれなりの収入はありましたけど、それ以上にみわ子さんのメディア関係の収入の方が大きかったかも知れませんね。今はみわ子さんと航太、そして僕の母の3人がこの家に暮らしています」 「あんたはこの家から離れてる訳だから、まあそうなんだろうけど…この家とあのマンションの2件持ちとか、俺には想像も出来ないレベルだな…。みわ子さんと航太はともかく、文子さんも一緒ってどういう事なんですか?…護さんのお母さんなんだから、護さんのマンションで一緒に暮らす方が一般的なんじゃない?」 「…その時にはもう僕のそばに匠が居たからですよ。いくら仕事上のパートナーとは言え、息子と同性でしかも恋人のような存在の人間が自分と同じ屋根の下に暮らすとなったら、それはやっぱり親としては複雑な気持ちになるじゃないですか」 「まあ、確かにそうですけど…」 「だから敢えて母にはこの家に残ってもらったんですよ。それに、僕もみわ子さんも仕事が忙しくて幼い航太の面倒をなかなか見てあげられなかったから、ずっと母にお願いしていたんです。…なので彼からすると僕たち二人は確かに自分の両親なんだけれども、心のどこかにその実感がないような所もあるんですよね」 「あー、そういう事か…」 「申し訳ないとは思ってるんです。…しかも僕は航太が3歳の時にこの家から出てしまいましたから、もしかしたら彼には僕が父親であると認識できていない部分もあるかも知れません」 「…それはきっと大丈夫だと思いますよ」  俺はきっぱりと答えた。この4日間ほど航太と一緒に過ごしていて、彼と話している時の事を思い出して、そう思った。  確かにどこか他人を見ているような感じがない訳ではないが、芝崎が懸念するほどの閉ざされた感覚はない。それは自分自身の経験から考えてみてもそうではないと理解できた。  本当に航太自身が芝崎に対して父親としての認識を持っていないのならば、その会話の内容はもっと他人である事を前提にしたものとなる。だが航太の話し方にはそれがない。  なので航太の内心には父親としての芝崎の存在はあるが、自分と離れてしまった時間の方が長すぎて、改めて話をするにしても父親との間にある距離感をどう掴んでいったらいいのか分からないだけなのかも知れない。  ならば俺が芝崎や航太に対してしてあげられる事は、二人の距離を近づけるためのきっかけを与えてあげること。…その為には、芝崎だけではなく航太自身が興味を惹かれるものやその嗜好を少しでも理解し、そして教えてあげる事なのだと、俺はそう考えた。 「そういえば昨日…いや、一昨日だったかな、航太君にある事を聞いたんですよ」 「あること…?それは何ですか?」 「うん。自分が将来なりたいものとか、やってみたい事とか、そういう未来予想図みたいな話なんですけどね」 「未来予想図ですか…」 「そうなんですよ。その時にね、航太君は服飾関係で何か出来たら…みたいな事を言ってたんですよ。自分のイメージに合う洋服を制作してみたいんですって」 「ああ、なるほど。デザイナーになりたいって事なんでしょうかね?」 「そこまではっきりとは言ってませんでしたけど、航太君はどうもそういう所に興味があるみたいなんですよね」 「そうなんですか。…それは知りませんでした」 「だけど、護さんやみわ子さんと同じように理美容師の仕事に就くという事も、一つの選択肢として考えてはいるらしいですよ」 「…そうですか。…これは僕の自分勝手な考えなんですけど、航太は僕たちのような仕事は嫌がっているんじゃないかって思ってました。…でも、ちゃんと見てくれていたんですね」 「そうですよ。…だからそんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないですか?」 「結真君は本当に優しいんですね。いつもそうやって、僕の気の回らない所まできちんと考えてくれているなんて…」 「別に普通ですよ?ただ、俺は少しばかり早い時期に人の心の中にある光と闇みたいなものを見てしまっているところがあるから、その会話の中に潜む相手の建前と本音の違いが何となく分かるってだけの話です」 「でもそれは、結真君の素晴らしい特技だと思いますよ。…さて。こんな所で長話も何ですから、そろそろ入りましょうか」  そう言って、芝崎はもう一つの自宅であるこの家の玄関先のインターホンを押した。    

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