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scene.6 この親にして、この子有り

 芝崎が玄関のインターホンを押すと、その先から声が聞こえてきた。 『…はい、乾です』 「お久しぶりです。護です」 『はい、お待ちください』    その声が止まってすぐに、中から鍵が開錠されて家の主がその扉を開けた。 「こんにちは。いらっしゃい」 「ご無沙汰してます、お母さん」 「本当にね。今日はどうしたのかしら?」 「ええ。みわ子さんの様子を聞こうと思いまして。容態はどうですか?」 「…だいぶ良くなってきてるわよ。今は自分の寝室に居るけどね。…あら、そちらは?」 「お母さん、彼が結真君ですよ。覚えてますか?」 「…文子さん、お久しぶりです。勝又結真です」 「…結真君…?…って…ああ、季美枝ちゃんちの!あらまあ懐かしいわねぇ。…それに随分とイケメンになったんじゃないの?」 「いや、イケメンて…。…ご無沙汰してます、文子さん。お元気そうで何よりです」 「あら嫌だ、私もすっかりお婆ちゃんよ。歳には勝てないわ。足もこんなになっちゃったし」 「…相変わらずですね、お母さん…。骨折したのっていつでしたっけ?」 「3ヶ月くらい前だったかしらね?…襖の縁でつまづいちゃって」 「だから今は車椅子なんですね。…それは大変でしたね」 「本当ね。結真君も気をつけた方が良いわよ?」 「お母さん、中にお邪魔しても良いですか?」 「ああ、そうね。こんな所じゃ何だしね、どうぞ」  家主である文子さんに案内されて、俺と芝崎は中へと入らせてもらった。 確かに歳は重ねているけれど、文子さんのその明るさは昔のままだった。 「そういえばね、先日みわちゃんと遊びに行った時にお店の従業員さんから貰ったものがあるのよ。良かったら持って帰ってくれない?」 「…お母さん、今度は何処へ行ってきたんです?」 「うーん…ホストクラブ?」 「はあ!!??…まだ止めてなかったんですか!?」 「だってさー。そこいらにあるような寂れた感じの普通の呑み屋に行ったって、大して面白くも何ともないもの。だったらホストクラブの若いお兄さん達と一緒に飲んで盛り上がってくれれば、お酒も楽しいじゃない?」 「ホスト…クラブ?…いや待って文子さん。まさかと思うけど…行ってるんですか?」 「ええ、行くわよ。みわちゃんと一緒に」  文子さんのその答えには何の迷いもなかった。この人の性格の破天荒さは俺も昔からよく知ってはいるが、いざ還暦を越えてもその行動力と判断力の凄まじさは変わっていないようだ。  ならば航太の年齢にそぐわぬ大人びた発言と何事にも物怖じしないあの性格は、幼い頃からずっとそばに居て育てられてきた文子さんの影響が色濃く出ていると言う事か。 「行くわよってそんな簡単に…。その間、航太君はどうしてるんですか?」 「だって航太ももう15歳よ?幼い子供じゃないんだし、私達が居なくてもそれなりに自炊や留守番くらいは出来るでしょう?」 「いや、そうかも知れないけど…何かあったらどうするんです?」 「何かあったらって?」 「今の世の中、何処で何が起きてもおかしくない時代じゃないですか。家に居ていきなり見知らぬ人に家に上がられて襲われたりとか…」 「お母さん。結真君は心配してくれているんですよ、航太や貴女達の事をね」 「もう…結真君は相変わらずねぇ。確かにそういう事が無いとは言えないけど、君が思うほど世の中は悪い人間ばかりじゃないのよ?」 「結真君はそれでずっと苦労してきてますからね…。人より少しばかり感覚が敏感なんですよ。…でも僕も、それがお母さんの楽しみとは言え、連日の夜遊び行動にはあまり賛成できませんね?」 「…そう?私達としては、あの非現実的な空間に居る瞬間がとても楽しいんだけどなぁ…」 「あー…でも、何となく分かった気がする」 「何がですか?」 「芝崎の血を受け継ぐ家系ってのは、だいたいみんなそんな感じなんだなって。あんたもけっこうそれっぽい所あるぞ?自棄酒の挙句にひっくり返ったりとかな」 「え、何その面白そうな話?ちょっと私にも教えてよ、結真君」  「おや、これは…。僕にも飛んだブーメランを投げられたかな」  やれやれ…というような仕草で、芝崎が両手をひらひらとさせて珍しくお茶らけた感じの降参のジェスチャーを見せた。  やはり気心の知れた母親の前というこのシチュエーションだからだろうか。いつもより彼の会話の仕方やその表情も柔らかく、またどこか幼さを感じさせる雰囲気さえも見える。  俺は子供のように目をキラキラとさせて芝崎の酒の失敗談を聞き出そうとする文子さんの表情を見て、横で恨みがましく睨み付けてくる彼をよそに、その時の一連の顛末を話した。        

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