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scene.8 隠し扉のような心 ―side Yuzuru.―

「…航太。お前と少し話をしたいんだ」 「結真さんを外してまで、オレと話したい事って何?」 「お前がこの家に来てから、僕がずっと気になってた事がある。悪いけど直球で聞くよ。…航太は、結真君の事をどう思ってるの?」 「どうって…オレの為にいろいろとしてくれて、すごく優しい人だなって思ってるよ」 「でも、それだけじゃないよね。…お前の恋愛対象が同性に対して向けられているものなんだとは、僕も薄々感付いてはいたけど…結真君にその対象を向けるのは止めた方が良い。…彼は少し特殊な性格の持ち主なんだ」 「特殊な性格って何?あんたの言ってる意味がよく分からないんだけど」 「結真君は人に対する警戒心が強いんだ。…それに幼い頃の体験がずっと彼を精神的に追い詰めていたから、ほんの些細な事でも心が傷付きやすい。下手な気持ちで付き合おうとしても、彼は中々その心を開かない。…本気で彼に認められたいと思っているのなら、こちらも相当の覚悟をしないと自分が痛い目を見るよ」 「分かったような口ぶりだな。あんた自身、あの人に対してそれだけの覚悟してるのかよ」 「…してるよ。僕は、結真君の事を幼い頃からずっと見てきてるからね」 「あんた…よくそんな事が言えるな。別の男と付き合って、そいつに対してさんざんケツ振ってきたくせに」 「あの時の事が、今のお前に対して少なからず影響を与えてしまっていたのなら…それは本当に申し訳ないと思ってる。僕が匠と付き合っていた事で、まだ幼かったお前がどれだけのショックを受けたのか…今となっては想像も出来ないけど、僕はそれでも本気で言うよ。…結真君には下手な気持ちで付き合おうと思っちゃいけない。ましてや、恋愛対象にしようとか思ってるなら尚更だ」 「別に…オレはそんなつもりはないよ。ただ何となく気になっただけで、付き合おうとかそんな事を考えていた訳じゃない。…例えあったとしても、もう既に断られたけどね」 「断られた…?航太お前、やっぱり…!」 「だってあんた付き合ってるんだろ、結真さんと」 「え…!?」  ――まさかと思った。僕は航太には一言もそんな事は言っていなかったし、かと言ってその事を無理に隠すつもりも無かった。だがそこはやはり、自分の息子なのだと思い知らされてしまった。僕達二人のさりげないやり取りやその他の所をそばで見ていて、彼なりに思考を巡らせていくうちに何となく気付いてしまったのかも知れない。 「…で、どうなんだよ。結真さんはあんたを満足させてくれるのか?」 「航太。…いくらお前が相手でも、その言葉は流石にどうかと思うよ」 「だってあんた、そういうの好きなんだろ?…あの時だって喜んでたじゃないか」 「…いい加減にしろ!」  ――ピシャリ。  気が付いた時には、もう既に遅かった。 僕は無意識のうちに、航太の顔を平手で叩いてしまっていた。 見ればその顔は、まるで僕に裏切られたかのような表情を見せていた。 「…!…ごめん、航太…。そんなつもりじゃ…」  僕は自分が思わずしてしまった事に対してすぐに反省し、そして航太に謝った。 「…初めてだ…。あんたに本気で怒られたのは」 「航太、ごめん。僕は本当にそんなつもりじゃ…」 「分かってるよ、そんなのは。あんた…いや、父さんが本当にオレの事を気にしてくれてるんだって…そう思っただけだ」 「当たり前だろう。お前は僕の大切な息子なんだから。…だけど、さっきみたいな事は二度と言っちゃ駄目だ。…それは分かるね?」 「…言わないよ。それだけ父さんの結真さんに対する気持ちが本物なんだって、そういう事なんだろ?…オレ、もう15だよ?…そんな事も分からないほど子供じゃないんだよ」 「…航太。…お前にもいずれは自分が本当に好きだと思える人が現れるはずだよ。その時に相手に対してどう接すればいいのか。…それはお前自身が自分で判断し、決める事だ。…例えお前がどんな判断をしたとしても…僕は父親として、お前が選んだ道を見守り続けるよ」 「それ…この間、結真さんにも全く同じ事を言われたよ。…けど、先の事なんて分かる訳ないだろ。…今だってどうなるかなんて分からないのに」 「確かにそうかも知れない。…だけど、僕は航太の事を大切だと思ってるし、これからも愛してあげたいと思ってる。それは恐らく結真君も同じ気持ちだと思う。それは嘘じゃない。…でも…だからこそ、親として余計な心配をしてしまう…」 「…もういいよ。…オレも少し言い過ぎた。だから…ごめんなさい」  そう言って少し落ち込んだ表情を見せた航太の身体を引き寄せて抱きかかえ、優しく慰めるように彼の頭をポンポンと軽く叩いた。僕達親子は、離婚によってそれぞれがすっかり離れてしまったけれど、例えいくつになってもやはり子供は子供なのだと、改めて自覚した。 「…今日はもう遅いからお休み。明日もあるんだろ?」 「…あるよ」 「あ、それと…。明日、試験に行く前にサロンにおいで。…お前の為に、僕にしか出来ない事をしてあげよう」 「…うん、分かった。お休みなさい」  僕は航太にそう言い聞かせ…彼を客間に促してから、結真君の待つ部屋へと戻っていった。  

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