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scene.10 チョコレート・フィロソフィ ーphaze.1ー

 全てを終えた俺達二人は、航太をそのまま高校の面接試験会場へと送り出し、作業の後片付けをしていた。  先ほどまでの芝崎と航太との一連のやり取りの流れを見ていて、この二人の間には親子でありながら、その中に何か違う思惑のようなものが見て取れた。それが何なのかは分からなかったけれど、彼らの関係性の中には親子である以上に、もっと深い何かがあるんじゃないかと思ったのだ。  そこで俺は少し気になった話を、世間話に交えながらそれとなく聞いてみる事にした。 「終わりましたね…芝崎さん」 「ええ…きっとこれで、航太も新しい道を見つけてくれるでしょう。今まで囚われていた過去を乗り越えて」 「そういえば少し気になったんですけど…」 「…何ですか?」 「航太君が同性愛者だって事、芝崎さんは知ってたんですか?」 「そうですね…確証は無かったですけど、もしかしたら、とは思ってましたね。昔から彼の話の中には、女の子との話がほとんど出てこないんですよ。大体男の子絡みなんですよね。小学生とかなら年齢的な意味で理解も出来たんですけど、中学校に上がってからもずっとそんな感じでしたからね…」 「でも芝崎さんはバイセな訳ですよね。…航太君も同じだとは思わなかったんだ?」 「僕の場合は対象が性別に左右されないだけで、君の言う所謂『バイセクシャル』とは少し勝手が違うんです。…僕はどうしても相手に合わせてしまう傾向が強いので…相手が女性であれば女性と、男性であれば男性と普通に身体を繋ぐ事が出来てしまうんです。ただそれだけなんですよ」 「え、それじゃ…」 「…恋愛自体はそんなに重要視してる訳ではないんです。…だからみわ子さんや匠とも何の躊躇いもなく抱き合えたし、君とも…」 「…俺は、芝崎さんの事が好きですよ。その身体も心も、あんたの全てを愛してますから。例えあんたが俺の身体にしか興味が無かったとしても、俺はそんなあんたを全力で受け止めてあげるつもりですから。…だから、俺の事も認めてくださいよ。…殿崎さんみたいに」 「…結真君……。」  俺は無意識に芝崎に抱き付いていた。 どんなに俺が本気で芝崎を求めても、芝崎の心の中には常に殿崎の存在があって、その殿崎の面影を拭い切れない自分が居る。だがそれでも、彼の全てが欲しいと思う俺が居る。  これまであまり意識もしてこなかったけれど、芝崎と一緒に過ごしていくうちにこういう我儘な自分が居るんだと解った。…ならば俺も、もしかしたら航太と同じような同性愛者という事なのかも知れない。 「俺…もうあんたしか信じられる人、居ないんだよ…護…。俺の事、もっと見てよ…。」 「…結真君…。君という人は…」  完敗です…というその声と共に、俺は芝崎に唇を奪われた。 しかもその口づけは今までにないくらいの激しいものだった。そこがサロンの店舗であるという事すら忘れさせるくらいの勢いでキスを奪われ、俺は力が抜けてそのまま床の上へとへたり込んでしまった。 「…護…ここ、店舗の中…っ!」 「…煽ったのは君でしょう。…せめて仕事中はと控えていたのに、君がそんな事言うから…」 「…だけど…っ…!」 「…僕だって、何も本当に君の身体だけが欲しいわけじゃない。結真君には僕の心も身体も、僕が持ち得る気持ちの全てを捧げていいと思った。…こんな風に思ったのは君だけです」 「…護…っ!」 「…もう遠慮はしません。結真。…今すぐ君を抱きたい」 「…わ…かった…。でもせめて、サロンを閉めるか…裏のバックヤードで…」  いつもより低めの声で、芝崎が敬称のない名前で俺を呼んだ。これは彼の本気の合図だ。 それが分かった俺には、逆らう理由などなかった。ただ、せめてもの抵抗でそう言った。 これだけの見通しの良い店舗で、快楽に溺れる自分の醜態を晒す訳にはいかなかった。 「…もう止めませんよ。覚悟なさい」  一言だけそう言って、芝崎はサロンの入口に掛けられたカーテンとブラインドを引いて外から中が見られないように目隠しをした後、外へ出てドアに吊るされている木製の看板を裏返して客が入って来られないようにした。  そして再び、芝崎が俺の唇にキスを落として、その身体を貪るようにじわじわと追い詰めてくる。さっきまでのキスですっかりその力を奪われてしまった俺は、何の抵抗も出来ないまま、ただ芝崎が与えてくる情熱と、身体の奥深くから沸々と湧き上がってく快楽の疼きに流されていく。 「…結真。そこの椅子に座りなさい」 「…え…?」  そう芝崎に促されたのは、このサロンにやってくるお客さんが座る作業台の椅子だ。 しかもそこは、さっきまで俺が航太の洗髪をしていた場所だった。このサロンの洗髪台はバック仕様なので、俺は自然と芝崎を見上げる格好になる。    ――それから芝崎は、勢いのままに洗髪台の椅子を操作して俺の身体を一気に倒して、椅子の上の俺の身体の上にまたがるように覆い被さってきたのだった。 「ちょ…ちょっと待って、護!…本当に、ここで…するつもりなのか…!?」 「もう僕も遠慮はしないと、さっきもそう言ったでしょう?…ここまで僕を煽っておいて…今更嫌だとは言わせない。…諦めなさい、結真」 「そんな…っ!」 「この場所はちょうどカット台の真向かいだから、君のとても卑猥で美しい姿を見る事が出来ますよ。…ほら、僕の愛撫に躍らされて、快楽に溺れる君の蕩ける様な甘い顔が…あんなにもはっきりと見える…」  芝崎がさっき倒した椅子を再び元の位置に戻して、俺の視線を否応なしに真向かいのカット台の鏡へと向けさせる。そしてそのまま俺の上着をずらし、すっかり紅潮してしまっている俺の肌が鏡に映るようにわざと向けさせ、そのまま後ろ手の状態から俺の胸を弄る。 「……う、あっ!!」  突然の感触に堪らず俺が身体を震わせて声を上げると、胸を弄る手はそのままに、更に意地の悪い芝崎は耳元で囁いてきた。 「…僕に胸を弄られて感じている自分の姿を見ていて……君はどう思いますか?」 「…そんなの……恥ずかしいに決まってるだろ…!」 「…だけど同時に、とても気持ち良さそうな顔も……してますよね?」 「……っひぃ…っ……や、やだ…護……。…そんなに触ら、ないで…」 「…君は本当に可愛いよ…結真…」  ただでさえ感じやすい胸を弄られ、頭の中が快感で支配されかかっているのに、更にその視線の先では鏡に映った自分の恥ずかしい姿を晒されてしまっているものだから、芝崎の与えてくる愛撫との相乗効果で、俺の身体はいつもより燃え上がるのが早かった。 「……あ…あぁっ…護…っ…!!」 「おや…。もうこんなになってるんですか」  突然、芝崎の片手が俺の胸から離れ、勃ち上がってきた俺のそれを刺激する。 「…あ、ぅっ!!」 「君は悪い子ですね…。僕はただ君の此処に軽く触れただけなのに、もうこんなに溢れさせて…。どうしたの…?」 「…護の…せいだ…。あんたが、俺に…意地悪するから…っ!」 「…さあ、どうする?…このまま僕の手で達くか…それとも…口で達かせてあげようか…?」 「…は…ぁっ…」  航太が家に居る間、芝崎に一度も触れられる事のなかった俺の身体はもう既に限界で…その問いかけに対してもどっちとも答えられないまま、身体の奥から湧き上がるどうしようもない快楽から早く解放されたくて、俺はただ首を横に振るしか出来なかった。 「…なんてね。…このまま達きなさい、結真」 「…ひゃあぁうっ!」  芝崎が一際強く俺のものを握りしめ、ぐいっと引き絞るように動かすと、堪え切れなくなった俺は呆気なく射精してしまった。  もちろん、俺の視線の先には鏡があるので…絶頂を迎えた瞬間の自分の陶酔しきったような表情や、下半身の中心から流れ出た精が伝い落ちる様子を嫌でも目視で確認する羽目となり、 そんな自分の姿の恥ずかしさと情けなさとが一気に押し寄せてきて、俺は両手で自分の顔を隠したまましばらく動く事も出来ず、芝崎の顔すらもまともに見られなかった。 「…結真君…。大丈夫ですか…?」   あまりにも自分の想像を越え過ぎて、強いショックを受けた俺がうなだれてしまったものだから、少し心配になったらしい芝崎の声が俺の耳元に聞こえてくる。 「…結真君、すみません。…少しやり過ぎました…」 「…またそうやって謝る…。どうしていつもそうなんだ、あんたは…」 「…まさかこんなに君がショックを受けるとは思っていなくて…。本当にすみませんでした」 「謝らなくていい…。謝るくらいならもっと俺を満足させてください」 「……?」 「バックヤードに…」 「…良いんですか?」 「…ここまでされてるのに…俺が満足したと思ったら大間違いだぞ…」 「…分かりました。…結真君、動けますか?」 「…そんな力ない」 「そうですよね…それじゃ、失礼して」  小さな掛け声と共に俺の身体は浮き上がり、芝崎の腕の中に抱えられたまま移動して、そのままバックヤードのソファの上に寝かされたのだった。

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