3 / 119
第3話 ココロに灯火。
『寒いよ~~~』
『凍える~~~』
『明日の朝、オレ死体になってるかもー』
布団を頭から被っても聞こえてくる正臣の声に、流石の俺も我慢が出来なくなった。
恨めしそうな声で一晩中泣かれたんじゃ、俺が睡眠不足で死ぬ。
美容師は一日中立ちっぱなしの仕事。客がいない時にも奥で洗い物やら片付けをしなくちゃならない。
体力のいる職業だっていうのに....................。
「うるさいな―ッ、もう、............とっとと入れよ!その代わりこっちを向くな!壁側を向いて寝ろよ?!」
「ぅわぁ~い、やったー。大丈夫、オレは寝相がいいから。」
「........ったく!」
仕方なく俺が捲った布団に慌てて潜り込むと、言葉通り壁に向かって横たわった正臣だった。
ホントに調子がいいったら........。
横目でじとーっと見つめる俺に、見向きもせずにふぅ~っと息を吐いて寝る準備をする。
まるで子供の様だ。コイツが父親だなんて信じられない。
俺も隣でごろりと横になる。
触れそうで触れない、ギリギリの腰の位置に妙に意識がいってしまうと、身体をずらして隙間を空けた。
意識しているのは俺だけなんだけど、正臣は隣で寝息を立ててすっかり安眠モード。
.............ホント、腹が立つ!
* * *
ベッドサイドに置いた携帯のアラームが鳴ると、いつもの様に布団の中で体操をしようと腕を伸ばして、ゴツっと当たった物に目をやった。
(あ、そうだった。コイツが居たんだ。)
同じ布団で寝る事を躊躇していた俺も、流石に眠気には勝てなくて、変に意識はしたままだったが眠ってしまえば忘れていた。
(コイツ、頭を叩かれても起きないんだ?!鈍感なのか石頭なのか.....。)
そろりとベッドから這い出ると、キッチンの作りつけの棚からコーヒーカップを取り出す。
コーヒーメーカーの容器に水を適量入れて、豆を入れると勝手に挽いてくれる奴で、途中のこの薫りがなんとも言えず神経をリラックスさせてくれた。
ドリップされた珈琲をマグカップに注ぐと、カウンターチェアーに腰を掛けた。
テレビのリモコンスイッチを押して、いつもの朝の番組に目をやる。
今朝は霜が降りて寒いらしい。何処かの雪景色の映像で、見ているこっちも寒くなると、マグカップを両手で覆い息をふぅーっと吹きかける。
ふと、ベッドの膨らみに目が行く。
正臣は起きる気配もない。確か今日は仕事って言ってたよな......
立ち上がってベッドの中のヤツを覗き込んだ。
と、布団の中から長い腕がにゅっと出て来て、俺の手首を掴んでくる。
「うわッ、......」
思わず声が出て、その頑丈そうな手首を捻って離そうとするが、なかなか力が強くて逆に自分の手首を痛めそうだった。
「いってーな!離せよ!」
「........あ、ハルミ、、、、ぁあ、ビックリした。泥棒かと思った。」
「あ?........ここは俺の家だし。.............お前、今日、仕事なんじゃないの?昨夜言ってたじゃん。起きろよ。」
離された手首を回しながら、キッチンカウンターへ戻る。
「あ、いい匂いだな、オレにも珈琲入れて。」
正臣はそう言うと布団の中で大きく伸びをする。
両腕を思い切り伸ばすと、ダブルベッドから出てくる様は、まるでホッキョクグマ。
.........なんていうか、土臭い野性的なクマじゃなくて、綺麗な野生の生き物って感じだった。
珈琲を啜りながら、テレビ画面の時刻を見ると、もう6時25分。
丁度テレビの中からも時刻を伝える声がした。
「あ、やべぇ、こっから会社まではちょっと遠かったんだよな。もう行かなきゃ。」
そんな事を云うと、正臣は着ているシャツとパンツをゴソゴソと脱ぎだす。
「おい、ちょ、っと、ここで裸になるなよ!」
俺は焦る。
高校時代には何度も見た上半身裸のコイツ。でも、流石にすっぽんぽんにはお目にかかる事が無くて。
「だって、シャワー浴びるのに。別にいいだろ?女じゃあるまいし。」
「..........そうだけど、...............一応、洗面所で脱げよな。」
俺が小さな声で言うが、全く気にせずそのまま浴室へと入って行った。
一々気にする俺が可笑しいんだろうな。男同士、なんの照れもなく裸を曝け出す。それが古い付き合いってもんかね?!
肩をヒョイっとあげて、俺は納得したように首を縦に振るとカップを流しに持って行く。
(俺の所からだと会社まで何分かかるんだろう。わざわざ遠くに来なくても近い場所に女が居るんじゃないのか?)
心の中でそう呟いた。
- 浮気相手の女はどうしたんだろう。追い出されたアイツを泊めてやらないのかな。
俺が着替えを済ますと、正臣がシャワーを浴びて出てくる。
もう歯も磨いたらしくて、部屋の隅に押しやったスーツケースからYシャツを取り出すと、それに袖を通した。
目の端で、正臣がスーツに着替える様子をチラリと見る。さっきまでのボサボサ頭はセットされ、昨日の晩に出会ったまんまの美形なサラリーマンが登場した。
やっぱりカッコいいな.........。
- あ、またこんな事を思ってしまう自分って............まったく情けない。
「今夜は何か食べに行こうよ。ハルミの終わる時間分かったらメールして。オレ、美容院まで迎えに行ってやるし。」
「え?...........なんで?」
「だって、ここに置いてくれるし、感謝の意味を込めて。な?!」
「.............まあ、奢ってくれるんならいいけどさ。」
「いいよ、好きな物言って。........ま、取り敢えず会社行ってくる。出来たら合鍵くれ。今夜でもいいけど。」
「ああ、一週間たったら返してもらうからな、鍵。」
「分かってるよ。じゃあな。」
「いってらっしゃい。」
「いってきまーす。」
そんな会話を交わした後は、何故かバタンというドアの閉まる音が胸の奥に響いてきた。
ともだちにシェアしよう!