4 / 119

第4話 視線が痛いです。

 ネイビーカラーのチェスターコートをロッカーに仕舞うと、ひとり店の中に入って行く。 今日は俺が鍵当番。朝一に来てエアコンをつけると、温まる迄店内の観葉植物の鉢に水をやる。 それが終われば今度は床の掃き掃除。だが、俺はアシスタントを卒業したから、これはもうすぐ来る新しいアシスタントの仕事だった。 大通りから少し入ったこの店は、2階建てのビルになっていて、1階が美容室で二階はカフェになっている。 どちらも同じオーナーの経営する店で、昔自分も美容師だったというオーナーはちょっとイケてるおじさんだった。 いつも、俺たち若いスタッフには気軽に話しかけてくれる。時折、一緒に来る女装したゴツイ人とは深い関係があるらしく、本当かウソか分からないけれど、オーナーはバイセクの人らしいと、先輩に訊いた。 ま、オジサンだし、俺にとってはどっちでも問題はない。 誘われる訳じゃないし、云ってみれば美容師ってそういうタイプの人間が多いかもしれない。 現にこの店には、俺を入れて3人のゲイが存在する。入店して3日で分かってしまうという、なんて言うか鼻が利くっていうのか.....。 「おはようございます!」 「あ、おはよう。」 「水やり、すみません。助かります。」 「ああ、いいよ。別に時間あるし.....。」 俺の前をお辞儀をしながら横切って行くのは、アシスタントの洋介くん。去年の4月に入ってまだ10ヶ月目の子で、陸上をやっていたっていう足の長い男の子だ。 残念ながらノンケ。しかも、彼女が上のカフェでバイトをしている。時々惚気を聴かされて、正直どうでもいいわ、と思いながらも相槌は打ってやるという。俺は出来た先輩だよな。 掃除をする洋介くんを手伝って、鏡を磨いたりしていると、その内スタイリストの先輩たちが出勤してきた。 おはよう、と口々に挨拶を交わしながら、カウンターに行けば今日の予約客を確認する。 俺はまだ顧客が居なくて、先輩のカットが終わったお客さんをブローさせてもらっていた。 相変わらず、アシスタントとさほど変わらない仕事だ。 店の中に心地いいジャズの音色が響いて、お客さんとスタイリストの会話も弾むと、一気に賑やかになる。 その内「ちょっと、ハルヨシ君。」という声がして、俺は呼ばれた場所へと向かう。 「髪の毛さっと流して、後、半乾きくらいに乾かしといてくれる?」 「はい、分かりました。」 俺を呼んだのは、五つ先輩の大原さん。もちろんスタイリストの人で、実はこの人もゲイ。 「どうぞこちらへ。」 そう言ってお客さんをシャンプー台に連れて行く。 一連の動作をしながら大原さんに目をやると、俺の方をじっと見る。 目が合って、なんだか焦ってしまうが、こうやって先輩にチェックされつつもお客さんと会話する機会を与えて貰う。 ここでヘマをしない様にしなきゃ、と必死で会話の糸口を探す俺。 なんとか髪を流し終わって椅子へと案内するが、内心はものすごく緊張している。 鏡越しにチラリと覗く大原さんの目が、俺に注がれているから尚更だった。 * * *  昼の時間をとっくに過ぎて、2時半ごろになると漸く俺は昼飯にありつく。 その時、「お昼一緒に行こうよ。」と大原さんに言われて「あ、はい。」と頷いた。 上のカフェに行くと、本当はランチタイムは終わってしまっているが、いつも用意しておいてくれるから、それを頼んで出してもらう。 こういう所は、オーナーの気遣いが感じられる。一般のランチメニューに珈琲も付けてくれて、代金も割り引いてくれるから助かっていた。 「ハルヨシ君さあ、どうした?なんか寝不足?」 「え?」 突然聞かれて戸惑った。顔に出ているんだろうか.....。 「えーと、まあ、ちょっと.....。」 そう言って濁していると、大原さんの色白の肌がほのかに赤く染まり、急に俺の耳元に近付くと「男でしょ?!」と囁いた。

ともだちにシェアしよう!