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第13話 焦り。
時折耳に入る声高の男の声が、俺の身体に向けられている事を知らず、ゆっくり瞼を開ければぼんやりと目前の景色を見る。
- えっと.........、確か赤い扉のバーに来た筈。
髭の優男、...............名前はなんだっけ...............
段々視界が開けてくると、そのヒゲの優男が俺に気付いた。
「あ、目、覚めた?」
「............え?」
冷たいカウンターに頬をくっつけていたのか、ゆっくりと頭を上げると触れていた部分だけがじんわりと熱を取り戻す。
そこに掌を当てて確認すると、周りに目をやった。
奥の席に座る男が、俺に気付いたみたいで立ち上がると近寄ってくる。
「お酒、弱かったんだねぇ。ごめんね、煽ったりして。深酒は身体に良くないっていうのに.......。」
そう言って隣に腰掛けると、俺の顔を覗き込んだ。全くの初めて見る顔に戸惑うが、なんとなく酔っぱらって潰れてしまったという事は分かる。だって、多分額に乗せてくれていたんだろう、冷たいおしぼりが三つほど俺の眼下に置かれていた。
「あ、そうだ.............、大原さんは?」
先輩の大原さんに誘われてここへ来たっていうのに、大原さんの姿が見えなくて焦る。
置いてきぼりにされてしまったんだろうか?!
「おーはらは帰った。それと、もうすぐ友達が迎えに来るはずだから。」
「は?.......誰の?」
「イヤ、きみの。...........ハルミちゃんの、だよ。名前を訊いたんだけど、え~っと、武田くん。確かそう言ったな。」
髭の人に言われても、今ひとつはっきりしないんだけど。
「え?アイツがなんでココへ来るんですか?」
「きみのコートのポケットからラインの通知音が聞こえてさ、それをおーはらが見たんだけどね。んで、丁度いいってんで、迎えに来てくれって頼んでた。」
そう言って、カウンターの向こうから冷たい水の入ったコップを目の前に置いてくれる。
俺は、それを喉の奥に流し込むと立ち上がった。正臣が此処へ来る?!マズイ!!ここ、やっぱりゲイバーだし。
俺の横に腰掛けた男性は、身体は筋肉質だけど見るからに手の組み方がオネエ。
指を絡めて自分の口元を隠す様にしながら、テーブルの上に肘をついていた。その視線もヤバイですって!!俺を舐めまわす様に見てるんですけど・・・・・
「あの、帰ります。えっと、お勘定は.......?」
慌ててバッグから財布を取り出すが、「ああ、いいんだ。おーはらのツケ、だからさ。アイツ、酔いつぶれたキミをさっさと友達に託して帰っていくなんてな。ヒデぇよな。」と言う。
「あ、えっと、まあ、そうですよねぇ。」
なんとなく話を合わすが、こんな事を語っている場合じゃない。
正臣が此処に来たら、俺がゲイバーに入り浸っているって事がバレるし、俺がゲイだって事もバレちゃうんだ。
それだけは阻止しないと。
「兎に角、ご馳走様でした。すみません、酔っぱらっちゃって。こんなになる事ないんですけど、きっと寝不足のせいですね。ホント、ありがとうございました。さようなら。」
口早に言うと、俺はさっさと入口へと足を向ける。
「またおいでよね、これに懲りずに。」
「あ、はい。おやすみなさい。」
軽くお辞儀をすると扉に手を掛ける。
と、するりと力が抜けてそのまま前につんのめった。
「あ、っぶない!!」
そう云うと、咄嗟に俺の肩を抱いて支えてくれたのは......................正臣、だった。
眉を上げて俺と目が合う。
その視線が店内にも注がれると、もう一度俺の顔を見た。
(うわぁ.........................、サイアク!)
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