18 / 119

第18話 カットモデル1

 「そういえば、カットモデルは見つかった?」 ストックルームを出て店に戻る時大原さんに訊かれ、俺は今だに声を掛けそびれてモデルを確保できていない事を思い出す。 友人とか、その伝手を頼ってモデルを探してこないと、いつまでたってもカットの練習が出来ない。 「まだ、です。なかなか見つけられなくて........。」 ちょっとバツが悪くて俯き加減に云う。焦っても仕方がないけど、シャンプーやブローとは違いカットとなると取り返しがつかない。 お客さんの希望に添える様にするためにも、ドンドン腕を磨かなきゃ。 なのに、女の子に声を掛けるのは苦手で........。 「あのさ、別にモデルは男でもいいんだよ?!僕なんか男性モデルばっかり探して来たからね!」 「え?ホントですか?」 大原さんに訊き返すと、ニッコリと目尻を下げて大きく頷く。その顔は、ちょっとだけ含みのある顔だった。 ゲイだからか?............俺は女性にばかり気が行って、男性をカットモデルにするなんて考えてもみなかった。 「ハルヨシ君くらいの頃はゲイバーで親しくなった人に声を掛けたりね。案外タダでカットしてもらえるって喜んで来てくれたよ。今度、声かけてみたら?」 「.............ん~、それは...........」 「大丈夫だよ、向こうも自分からゲイだなんて言わないから。友達、とか知り合い程度の人だって云っておけば店の人には気づかれない。」 「..................ん~、そうですかね~。」 「だったら、昨日の友達にモデル、頼んだら?」 正臣に? .......アイツが来るかな..........?! 「一応、頼んでみます。」 あまり気は進まないが、いつまでもカットの練習が出来ないのも嫌だし、俺は頼んでみようと思った。 「その時は僕が指導してあげる。月曜の晩なら時間あるけど、訊いてみてよ。」 「はい、分かりました。」 大原さんは、ふふん、と鼻から甘い吐息を漏らすと店の中に消えて行く。 その後を追って店内に入ると、先輩の手元に目をやりながらじっと観察をした。 髪質は千差万別。 うねりの強い人もいれば猫っ気の人も。剛毛でハサミが負けそうな人もいる訳で、そういうのを色々カットしてみて初めて癖や流れを捉える事が出来る。 俺は、その一歩前の段階で出遅れていた。 毎週カットモデルを連れて来るひとつ上の人は、すでに子供のカットなんかをさせて貰えている。 仕上げは年季の入った先輩がしてくれるが、それでも触らせてもらえるって事は勉強になる。俺も早くそういう所に行きたいのに...。 その日は、一日中天候も冴えなくて、客足も悪くキャンセルする人も出たりで、定時になると店を閉めて帰って行った。 帰り際、「月曜日、モデルの件忘れずにね。」というと、コートのポケットに手を突っ込んで大原さんが店から出て行く。 その寒そうに丸めた背中に目をやりながら、今日帰ったら正臣になんと切り出そうかと思案する俺だった。

ともだちにシェアしよう!