26 / 119

第26話 カットモデルはご機嫌ななめ?

 正臣の上気した顔を見て、俺は心から安堵した。 息を切らせて、走って来たんだろうか。 「どうぞ、荷物はお預かりします。」 大原さんが正臣の手からコートと鞄を受け取ると、カウンター横の棚に置いた。 それを確認すると、早速シャンプー台へと連れて行く。 「あ、シャンプーまでしてくれるのか?」 嬉しそうに言うから「ああ、ざっと軽くだけどな。かゆい所あったら教えて。」と応える。 正臣は俺がシャンプーをすると云ったら喜んでいた。 いつも通りにシャンプーを泡だてると、濡らした髪に掌で手際よく馴染ませる。正臣の短い髪は指通りが良くて、俺の指はするすると地肌をマッサージしていく。 「来ないんじゃないかと思った。」 落ち着いた声でそう云ったが、正臣は「ちゃんと行くって云ったろ?!」と云って機嫌が悪そうな声になった。 せっかく来てもらったのに、こういう言い方はないよな~ 「ごめん。」 ひと言だけ謝って、後は正臣の濡れた頭をタオルで包んだ。本当はこんなに直に触れてしまっている事に戸惑っているんだ。 髪にも頭にも、椅子を倒す時には肩にも触れた。 今から髪を切るっていうのに、別の事でドキドキしている俺って…… 早速、正臣の髪にコームを入れて毛の流れを見ながらふっと鏡を覗く。すると、正臣も俺を見ていた。 目が合って、一瞬手が止まるが気を取り直すとすぐに大原さんの方を向く。 「揃える感じでいいですか?」 そう訊くと、「モデルくんに訊いて。」と言われ正臣の顔をもう一度見た。 「あ、揃えるだけでいい。」 鏡の中で笑顔を向けられて、胸がキュッとなる。 「じゃあ、…」 軽く頷くと、上の方の髪をブロックしてハサミを入れ始めた。 正直、緊張する。 大原さんに注目されている事もあるけど、前に正臣の髪を切った時とは違う感情が俺に宿っているから。それを悟られない様に、平常心でいる努力をしなければ.....。 「堅いな…」 「え?」 背後で聞こえる声に反応すると、大原さんは俺の背中にくっつくようにして俺のハサミを持つ手を腕ごと掴んだ。 そうして左の腕も同じようにすると、今度は俺の膝の裏に自分の膝を当て、少し腰を落とす格好にさせられる。 まるで二人羽織の様な格好になって、俺は焦った。完全に背後に密着されている。 「もう少し腰を落として、かるーくハサミを入れてごらん。肘も、こんなに力が入ってる。」 いいながら、俺の手を上から包むからビックリするが、跳ね除ける訳にもいかず… そのままカットを続けると、鏡の中の正臣の顔を見たが。 ………あれ?………なんだか険しい顔でこっちを見ているんだけど……

ともだちにシェアしよう!