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第34話 夢のあと。
--------ひゅっ、と何かが俺のくちびるを掠めて。
おもわず人差し指で自分の口元に触れると目が覚めた。
- あ、
視界の先には、いつも見ている部屋の風景。
横向きで、ベッドに横たわる俺の目に映るのは、レースのカーテンから洩れる淡い光。
昨夜の強風が嘘の様に外は静かだった。それに、なんとなく部屋の空気が乾いている様な気がした。
ふいに気になって、身体を回転させると後ろを向いた。
昨日まで、俺の背後にいた正臣の姿がそこには無くて。
ぼんやりする頭で記憶を辿ってみる。昨夜の情事、というのか傷の舐めあいの様な交わりは、快感こそ得られたが俺にとっては結局虚しいものとなった。
でも、寝落ちしてしまった俺にちゃんとシャツを着せてくれたようで。
気付けばシーツも取り換えられている。クローゼットを探して変えてくれたようだったが、その変えた本人が見当たらない。
ゆっくり身体を起して辺りに目をやる。
狭いワンルームの中はぐるりと見渡せるが、正臣の気配はなくて洗面所の方にも音はせず、ひとり暮らしの静寂さを味わうだけ。
「..............正臣?」
声を掛けても返事は返って来なかった。
ハッとしてベッドの足元の床に目をやると、そこにある筈のスーツケースは跡形もなくて。
ベッドから足を降ろすと、重たい腰に手をやりながらトイレの前まで行った。が、何の気配もなくて洗面所の扉を開けて中を覗く。
やはり何処にも正臣の姿は無かった。
頭に手をやると、髪の毛を指でとかす。そうしながら、自分の気持ちを確かめる様に立ち止まった。
- そうか、正臣は仕事だ。
- いや、仕事は分かってる。
-..............帰ったん、だろうか...............?
カウンターの上に、何やら紙切れが置かれていて、それを見たら気持ちが萎えた。
『お世話になりました。ありがとう。また連絡する。じゃあな。』
端的な短い文字の羅列。まるで感情が籠っていない、ただのメモ書き。
正臣の、昔よく目にした角ばった文字がなんだかおかしくて.............。
俺はその紙切れを指で挟むと目の前まで持ち上げて見た。
何度見ても、あっさりとこの部屋を出て行ったことが分かる。
俺が寝ている間に、まだ6時だというのに、あのシロクマみたいな寝起きの悪いアイツが..................。
「バカッ..............」
紙切れを持つ手で顔を覆い隠すと、俺は床に崩れ落ちる様に膝をついた。
顔の前で紙切れを握りつぶす。
クシャ、といった音はほんの一瞬。手の中ですぐに小さくなるとそれをゴミ箱へ放り投げる。
カサッ、とゴミ箱の淵に当たって床に跳ね返されると、ただのゴミになってしまったソレを見つめた。
「バカ、................なのは、俺か。...........俺が大バカなんだよな。」
椅子にもたれて身体を預けると、今度は天井を仰ぎ見た。
くちびるを掠めたのはなんだったんだろう。
もう一度指でなぞる様にすると、俺の記憶が呼び戻される。ここに正臣の触れた感触が残っている。吸い上げられて、舐めとられて、身震いした。
この首も、鎖骨も胸も..........。すべてが正臣のくちびると舌の感触を覚えている。
寒々しい部屋に、ポツンとひとり取り残されている俺は、なんて哀れな男だろう。
恋い焦がれた男に抱かれて、見悶えて.................。
ゲイだという事も、好きだという事も伝えられないまま、こんなにも俺の中に色々残していった男を憎めない自分に腹が立った。
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