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第39話 突然の訪問者。
大原さんに変な事を云われて、帰り際まで色々考えてしまった俺は、ひと月前に目の前から居なくなった正臣の顔を思い出していた。
切れ長の目でじっと見られると、胸の奥がズキンと疼く様な感覚になって。あの目で優しい言葉を掛けられたら女の子はなびいてしまうよな.....。天性の女たらし。本人に自覚があるかどうかは知らないけど、高校の時からずっと変わらない。
床を掃く洋介君の姿を目で追うと、自分と彼との違いは何なんだろうと思ってしまう。
外見は同じ男。
中身は?
洋介くんには可愛い彼女がいて、ずっと付き合っていけばその内結婚とかも視野に入る訳で。
俺は、どうやったって女の子とは添い遂げられない。
結婚なんて形だけでも無理な話。第一身体の関係を持てないのに、子供だって出来やしない。
そんな俺と洋介君とは180度違っているんだ。
ジャズの音色に似合わない事ばかりが頭を過ぎって行くと、もう閉店の時間。
「お客さんも切れたし、片付けしちゃおうか。奥の洗いもの、終わってる?」
店長が周りのスタッフに確認する。
終わっているのを確かめると、アシスタントにゴミ袋を集めさせた。
閉店時間は7時。一応そう決められているが、6時半には受付を終了してしまうので後は残ったスタッフ、おもにアシスタントとカギ当番の人間が最後まで残る格好になる。
「今日のカギ当番は?」
店長に訊かれて「あ、俺です」と応えた。
「じゃあ、先に帰るから後は戸締りよろしくね。」
「はい、お疲れ様でしたー。」
「「ハルヨシ君お先ー。」」
口々にスタイリストの先輩たちがそう言って店を後にする。
残ったのはアシスタントの洋介君と俺。
「まだ7時ちょっと前ですよね。」
「そうだね。」
「いいんですかね?!お客さん来たら.....。」
「もう閉店しましたって、断わるからさ、どうせ。.......帰れるときに帰っとかないと、残業ばっかりになっちゃうよ。」
「..............はあ、ですね!」
カウンターの横のマガジンラックを整理しながら、俺と洋介君がそんな話をしている時だった。
カチャッ、とドアが開く音がして俺たちは二人で振り返った。
閉店したことを告げようと、笑顔を作って振り向いたが、一瞬俺の顔が強張る。
「すみません、今日はもう閉店...」
「あの、.....ミキさん?」
「はい、」
洋介君の言葉を遮ると、俺はドアの前に立つ女性にそう訊いた。
「ミキさん........」
それは正臣の奥さんだった。
「こんばんは。すみません、もう閉店していたんですね?!」
彼女は、前に見た写真の通りの顔立ちで、緩いウェーブの肩までの髪は少し亜麻色に染められていた。
清楚でおとなしい印象の女性。とても、子供がいるようには見えなかった。
「あ、今日は特別早くて。すみません、せっかく来てもらったのに.....。」
俺は申し訳ない気持ちで云ったが、内心は心臓をギュっと掴まれた様だった。
会いたくない人に会ってしまった様な。知らないうちに胸の鼓動は速くなる。でも、それを悟られない様に平然と振舞わなければいけない。
「ごめんなさい、お客さんじゃないんです。ハルヨシ君にお話があって..............。」
「え?.........俺?」
「はい。」
益々、胸の鼓動は早鐘の様に鳴り出す。
「あ、っと.........、じゃあ、洋介君は帰っていいよ。俺がカギ当番だし。お疲れ。」
「あ、はい。お疲れ様でした。お先です。」
ペコリと頭を下げると、洋介君は裏の方から出て行った。
それを確認すると、ようやく俺は胸を撫でながらミキさんの顔を見る。
「一度しか会ってませんけど、よく俺だって分かりましたね。」
「................ぁ、はい。まあ、............。だってその髪の色...........。」
「アア、これ?!」
「ピンクの髪の人って、目立ちますから。」
そう云われるとそうか。確かに、目立つだろうな。
「で、俺に何か?」
本題を忘れるところ。俺に話っていったい何だろうかと、余計にドキドキする。
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