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第40話 理解出来ない。
落ち着いた照明に映し出されたつづれ織りのタペストリー。
それが掛かった壁に目をやっていると、化粧室から戻って来たミキさんが「すみません」とお辞儀をして俺の向かいに座った。
「いえ、」
ひと言だけ返す俺は、下を向くと自分の手を膝に乗せる。
ギュっと組んだり揉んだりしながら、二人でこうしてレストランにいる事に違和感を感じた。
「あの、今日は息子さんは?」
そういえば涼君はまだ一歳なのに、大丈夫なのかと心配になった。
「ああ、今日は実家の母が来ていて。涼は預けて来ました。」
「そうですか。.............けど、こんな時間じゃ正臣も帰ってくるんじゃ?」
普通なら家族の晩ご飯の時間。
俺の中では、もうアイツも家に戻って普通の暮らしをしているんだろうと思っていた。
「ぁ、.......あの、その事で伺ったんですよ?!」
俺を見るミキさんの目が真剣な眼差しになった。
「正臣君は家を出ました。もうひと月も前に。ご存知なかった?」
「え?........うそ、ホントですか?」
「はい、.........ハルヨシの所に行くからって云ったきり。」
「え?.............ああ、確かに来ましたよ?!でも、一週間だけって云って。あ、それは俺が一週間置いてやるって云ったんですけど...。」
「そうですか。」
おもわず握った手をテーブルに出して身体を前のめりにすると、ミキさんの顔をじっと見た。
嘘を云っているようには思えないが、まさか家に戻っていないって...............。どこへ?
「あ、そもそも、正臣はミキさんに追い出されたんじゃ?遊びが原因で。」
「え?...........いいえ。そんな事はないですよ。正臣君は仕事人間ですもの。遊ぶ時間なんか無いと思います。」
「は?.............」
俺は頭の中にもやがかかったみたいになって、ミキさんの顔さえぼんやりと翳む様だった。
それとも、女遊びの事は知らないとか?
でも、正臣は確かに俺に云った。5度目の浮気がバレて、って.....。
........どういう事だ?
「携帯は繋がるんです。仕事先にはいるし.....、でも、戻って来なくて。私、てっきりハルヨシ君の所にお世話になりっぱなしだと思っていました。」
静かな口調でそう言われ、驚きと共にちょっと拍子抜けした自分もいる。
全く訳が分からない。アイツが俺に話した事って、何処までがホントでどこまでが嘘?
「私たち、離婚の話が出ていて.......。」
ミキさんがそんな事を云うが、その原因が涼くんの生い立ちなのか正臣の女遊びなのか分からなくなった。
「早いですね、まだ一年半、でしょ?」
「ええ、.............最初から無理があったんです。お互いに。」
「無理?」
「はい、......私たち、お互いに別の人を好きで。それが分かっていて結婚した。」
「..........ぁ、.......」
口から洩れる息を飲み込む。正臣に聞いた涼くんの父親の話。正臣ではないと分かった事。
「私は、正臣君に助けられました。かけがえのない命の灯を消してしまう所だった私に、涼を産ませてくれて。」
「................」
ここで知っているとは云えない。それに、正臣の事を信じるべきかどうかも怪しい。
俺に話した全てが嘘だったとしたら?!
「彼は結婚する前もした後も、ずっと悩んでいるようでした。好きな人が居るんじゃないのかと、尋ねた事もあります。でも、教えてはくれなかった。だから、今日伺ったんです。ハルヨシ君は親友だと云ってましたから、知っているんじゃないかと思って。」
「.........、知りません。俺、正臣とはそんな話した事が無くて。」
「斎藤さんに教えて貰って来たんですよ。あのお店にいる事と、ピンクの髪をしたちょっと可愛い男の人だって事を聞いて。それに前に一度顔は拝見しているし、印象深かったんで.........。」
ミキさんが、少しだけ笑みを浮べると云った。
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