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第41話 はるみ って?!
俯いた時に、頬に落ちた髪の毛を指で掃うとそっと耳に掛けるが、その指先が綺麗で目に留まる。
ネイルは無くて、それでも艶のある形のいい爪と細くて長い指。それに手も小ぶりでふっくらと暖かそうだ。
正臣は、彼女のこんな手を自分の手中に繋ぎ寄せただろうか。その指で自分の頬を撫でさせただろうか.........。
「あの、話は出来ているんですよね?!会社に行っているって事は、そこへ行けば出会えるんじゃ?」
我に返った俺がミキさんに云った。
家に戻って来ないのなら自分が正臣の会社に迎えに行けばいい。
「それは....、迎えに行っても帰らないと思います。多分.....。」
ミキさんが俺の目を見ると応えてくれるが、なんだか変な話だ。どうして正臣は家を出る事になった?
本当の理由は何だったんだろう。
「俺には、貴方たち夫婦の事は分かりません。でも、結婚した以上そんなに簡単に別れてしまってもいいんですか?涼くんだって可哀そうだ。俺は、..........正臣と連絡を取っていません。一週間置いてやった後は、ふらっと出て行ったきり。電話もメールもないんですから。」
そう云うと、この場を離れようと思った。
横の椅子に置いたバッグを手に取ると、テーブルに置かれた伝票を持つ。
「俺には正臣の行き先は分かりません。ごめんなさい。」
立ち上がってミキさんにお辞儀をする。
これ以上話を聞かされても、何もすることがない。
俺は正臣の影を引きずっている。それが哀れな事だと分かっていても、今はまだ完全に取り払う事は出来ないでいた。
たとえこの夫婦が別れようと、俺には何の関係もない事だった。親友といっても学生時代の話。今や俺ひとりが正臣への想いをこじらせているだけで、それは誰にも云えない秘密。ミキさんにも云えはしなかった。
「すみません、突然やってきて変な話をしてしまって.....。気を悪くしましたか?」
「いいえ、こっちの方が申し訳ないです。何も気づいてやれてなくて.........。」
「そんな事.........」
「じゃあ、失礼します。」
軽く頭を下げると、そのままレジへ向かおうとする俺に、「ちょっと待ってください。」とミキさんが振り返る。
俺は足を止めて彼女に振り向いた。
その彼女の口元が、少しだけ躊躇した様に動くと「あの、.............ハルミって女の人、ご存じないですか?」と訊く。
「...........ハ、ルミ?...................」
一瞬、足が床に貼りつた様な錯覚を覚える。
どんよりとしたモノが、頭から下へと降りて行き足に絡みつくとそこから動けなくなった。
「その人、.............なにか?」
ゆっくりとミキさんの目を見て訊く。
「前に、寝言でうなされていた時にその名前が聞こえて。何度か聞いたんですけど、本人は覚えていないって。知らないっていうんです。正臣君の元カノじゃないんですか?」
「.................さ、ぁ...............聞いた事ない。.......じゃあ、失礼します。」
「あ、すみません。有難うございました。」
俺に向かってお礼を云うミキさんに、もう一度頭を下げると俺は重い足を引きずってレジへ行った。
お金を出す手が小刻みに震えているのが分かる。
お釣りを奪い取る様にしてポケットに突っ込むと、そのまま振り返らずに外へと出た。
空を仰ぐと、無数の星に混じって見える下弦の月。
なんとも不安定なその形が、まるで今の自分を表しているようで、目に焼き付いてしまう。
「ハルミ、って...............俺以外に女のハルミが居るって事?」
ぼんやりと上を見上げては、頭を捻ってしまった。
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