44 / 119
第44話 春なのに・・・
「正臣はさ、モテてるって事をオレらに自慢したかったんじゃねぇの?」
斎藤が薄ら笑いを浮べて云う。
俺はちょっと腹がたった。なんとなく憐みのある表情が、アイツをコケにしている風で、正臣は確かにカッコイイし女の子にも優しくてモテていたのに。それを間違いだったかの様に云うから.......。
「モテてたよ!お前だって何度か一緒に遊びに行ったろ?!女子は正臣の横に行きたがってたじゃん。」
「ま、そうだけどさ。.........で、結局何だったんだ?奥さん、浮気でもされてるって疑ってんのか?」
斎藤は、もう興味が失せた様な顔付になって訊いてくる。コーヒーカップの取っ手を弄っては視線を落としながら、時折俺の顔を見た。
「そうじゃないけど..............、色々あるんだよアイツらにも。まあ、俺や斎藤が気を揉んだって仕方がないけどな。」
「オレからも電話してみるよ。子供も小さいんだし、おかしな事はしないと思うけど。仕事は真面目な奴だからさ。」
「お前と違って、な。」
斎藤の顔を斜めに見ながら云ってやる。
「云ってくれるね、ハルヨシくん。じゃあ、オレは帰るし。そろそろ担当の人も戻ってくる頃だ。またな。」
「ああ、また。」
立ち上がると、小銭をテーブルに置いて斎藤は店を出て行く。
ひとり残された俺は、テーブルの上の小銭を積むと、窓の外に目をやった。
すっかり春らしくなって、アイツと二人背中を丸めて家路を歩いたのが遠い昔の様な気がした。
たったの一週間。
その間に、俺と正臣の関係は変わってしまったのか。
あんな形でも、好きな男に抱かれた事で、俺はそれを引きずっている。
早く忘れなければ、と思う一方で、毎夜身体の芯が疼くような痛みを味わう。
最近ゲイバーも遠のいているし、チハヤさんの店にしか行ってないな............。
そんな事を思えば、大原さんの顔がちらついて。
- 大原さん、俺がアレキサンダーへ顔出すの嫌そうだしなー
ふぅ~っと溜め息が出てしまうと、俺の周りがどんどん窮屈に感じて、この気持ちの持って行く場所がない事に気付く。
窓から見える景色はもうすっかり春なのに、俺の心にはまだ木枯らしが吹き荒んでいた。
誰か温めてくれないかな.............。
なんて、そんな事をポツリと口走ってみるが、虚しいだけだった。
- - -
店に戻ってみると、今日は本店に行っていた大原先輩が戻って来ていて。
さっき、大原さんの顔がちらついた事を思い出すと、笑えてくる。
「おかえりなさい。オーナーはお元気でしたか?」
そんな事を訊いてみると、「相変わらずバイタリティーあるよ、あの方。また新店舗作るらしい。」
そう云うと店長と顔を見合わせて笑った。
「まあ、老け込むにはまだ早いし、美容室だけじゃなくて飲食店も経営しているんだから、ほんと、大した人だよね~。」
店長が感心しながら云うと、大原さんも頷く。
俺が、傍で片づけをしながら二人の話を聞いていると、「ハルヨシくん、今夜ヒマ?」といきなり大原さんに訊かれた。
「え、ええ、別に暇ですけど。」
いつも大原さんの誘いは突然で。
特に用事も無い俺は、断わる事も出来やしない。また、新しい店にでも連れて行ってくれるんだろうか........。
「なら、終わってから待ってて。」
「はい、分かりました。」
俺は軽く頭を下げると、今夜は酒に気をつけようと、心に誓った。
ともだちにシェアしよう!