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第45話 女子力高い人。
レンガ色のタイルが、いかにも高級そうな雰囲気を醸し出しているマンションの一室。
そこの黒い革張りのソファーにゆったり腰を降ろすと、ぐるりと頭を回して部屋の中を見廻した。
「そんなに緊張しなくたって、別に襲ったりしないから。」
大原さんはキッチンの冷蔵庫を開けると、ペットボトルに入った炭酸水を取り出しながら云う。
ガラスのテーブルの上には、青く細長い瓶に入ったお酒が置かれていて、グラスに氷。
これから酒でも酌み交わそうって感じになっていた。
「ここ、初めて来たんで、ちょっと緊張します。他のスタッフとか来た事あります?」
そんな事を尋ねれば、「いや、ハルヨシくんが初めてかな。仕事関係の人とはあんまり付き合いないし。」と軽い口調で言われる。
- 俺も仕事関係の人、なんですけどね~
と、ツッコミを入れたいのを押さえて、「そうなんですか。」とだけ云った。
店が終わった後に誘われて、俺はてっきりバーに行くんだと思っていたんだけど。
何故か、店から徒歩15分の大原さんの自宅へと招かれた俺。
断り切れずに今こうして座っている訳だ。
「あんまりおつまみになる様な物はないんだけど、」
そう云ってまたもや冷蔵庫を開けると、お皿に盛られたローストビーフを出してくれた。
「うっ、めちゃめちゃ高級じゃないですか。勿体ない。」
自分で買う事の無い代物に、ちょっと喉が鳴りそうになる。
いつの間にこさえてくれたんだろうか。
俺がぼんやり部屋を物色している間に、冷蔵庫を開けてちゃちゃっと作ってしまった?
そうだとしたら凄い事だ。大原さんて見掛け通りの女子力高い人。
「頂いていいんですか?」
「あ、勿論。遠慮しないで食べて飲んで。」
「はい、いただきます。.......あ、でも酒は程々にしときます。」
「はは、そうだね。あんまり酒は強くないんだっけ。また深酒したら誰を呼ぼうか?!」
「...........酔わないんで、誰も呼ばなくていいです。」
俺は、目の前の美味そうなローストビーフをフォークの先に救い取って口の中に押し込んだ。
ほのかに香るソースのビネガーが鼻から抜けて行くと、オニオンスライスも一緒に噛みしめて堪能する。
「美味いです。大原さん、自炊するんですか?」
俺に褒められてちょっと嬉しそうな表情をした大原さんは、俺の顔を見るとニッコリと微笑んだ。
「もちろんするよ。外食は飽きるし、誰かの為に食事を作るのは嫌いじゃない。」
初めて聞いた。
大原さんの食事を食べるのが誰なのか、そこはちょっとだけ気になるところ。
「僕の噂、聴いてるだろ?!」
「え、..........あ、はい。ちょっとだけ.......。」
自分でも気になっているんだろうか、俺にそんな事を云うと視線を壁に掛かった時計に向けた。
誰かを待っている様な雰囲気もあって、俺が此処に居てもいいものかと考える。
「その真相は、もう少ししたら分かるよ。」
「え?.........」
時計の針は10時を指しているが、そろそろ帰った方がいいんじゃないかと思って、俺は残りのローストビーフやサラダを口に突っ込んだ。取り敢えずの腹ごしらえが出来たら帰ろう。そう思った時、玄関のチャイムが鳴る。
ハッとした大原さんが、立ち上がると玄関へと向かった。
俺は口いっぱいに詰め込んだまま、なんだか焦ってしまうと酒の入ったグラスを一気に飲み干した。
玄関が開くと声がして、何処かで聞き覚えのある声に耳を澄ますと、すぐにその声の主は顔を見せた。
「あ、........ああ、こんばんは。」
「どうも、こんばんは。こんな所で会うとは..........」
その人はアレキサンダーのマスター。
小金井 チハヤさんだった。
「紹介するね?!僕のパトロンのチハヤさん。」
「おい、、、、パトロン、って、、、」
「へ?...........ぇ?」
俺はその場で突っ立ったまま動けずに二人を見るしかない。それに、マジでパトロンなんて居たんだと驚くし、よりによってチハヤさんって...............。
「ま、座ろうよ。何か食べるでしょ?店は任せてきたの?」
大原さんがチハヤさんに訊いているが、なんだかその会話は夫婦の様でもあった。ちょっと耳がくすぐったい。
「ハルミくんは此処に来たの初めて?」
チハヤさんに訊かれて俺は「はい!」と大きく頷いた。勘違いされるのは困るし.............。
「アイツ、オレの知らない男ばかり連れ込むのかと思ってたら、ハルミくんとは、ねぇ。」
チハヤさんが、そこに置かれた新しいグラスに氷を入れながら云う。
「あ、俺は、全くノーカンで。ただの後輩以外の何物でもないですから。」
慌てて云ったら、口を大きく開けて、あははは、と笑われる。
なんだか居たたまれない気持ちになるが、大原さんはキッチンの向こうで背中を向けている。
心なしか肩が揺れてて、アレは絶対俺の言い方を笑って聞いているに違いないと思った。
「お二人はアレですか?!........その、付き合ってるとか?パトロンって、どういうのでしたっけ?!」
そもそも、パトロンなんて言葉、オフクロや親父の口から聞くしか知らなくて。なんとなくお金持ちの叔父さんのイメージはあるが、チハヤさんがそういう人には見えなかった。
「このマンションだってチハヤさんの名義だし。僕は管理人として置いてもらっているみたいなものだ。で、チハヤさんはたまに此処へ帰ってくる。ほとんどは店のソファーで寝てたり事務所で寝てたり...........。身体に良くないと思わない?」
大原さんが俺の顔を意味ありげに覗きながら云うから、困ってしまった。
それは俺から何か助言しろという事なんだろうか?!チハヤさんに?.................まさか!
「なんだよ、もう悪酔いしたのか?愚痴が出始めると気をつけた方がいい。ハルミくん、ごめんな?!」
チハヤさんがそう言って笑う。
「失礼な!酔ってないから。本当の事だもん。ここへ帰って来るのは気が向いた時だけ。どこで何をしているのやら。」
今夜の大原さんは、益々小悪魔的な笑みを浮べてはチハヤさんに食いついている。
俺はそんな二人の間でソワソワと落ち着かなかった。
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