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第53話 現実の話。
深夜になると、正臣はここから出て滞在中のホテルに戻って行った。
自宅があるのにホテル暮らしだなんて...........
お金は大丈夫なんだろうか。心配になるが、此処へ置いてやることも出来ないし。
ミキさんの事もある。俺たちの気持ちが通じ合ったとは云っても、このままじゃ不倫関係みたいでなんだかスッキリしない。
俺は、正臣の後ろ姿を見送りながら寂しさを噛み締めた。
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翌日、いつもの様に店へ着くと、珍しく先に出勤していた大原さんが挨拶を交わすなり手招きをする。
「なんですか?」
小声で訊けば、「昨日の話。オッケーでいいんだよね?!」と耳元で囁かれ、すっかり忘れてしまっていた事に気付いた。
「あ、ああ、そうですね、俺は別にいいですけど。ここは人手、足りるんでしょうか?」
スタイリストは俺と大原さんを含めても5人しかいなくて、二人が抜けたらどうなるんだろうか、と考える。アシスタントも洋介くんだけだし......。
「そこは大丈夫だよ、僕の顧客はあっちに移ってくれるから。ほとんど男性客だし、返って喜ぶんじゃないかなぁ。」
そう云いながら笑みを浮べる。
「あぁ、そうでしたね。大原さんのお客さんってお友達が多いですもんね。」
「そ、界隈の人多いからさ。」
ゲイの友人たちは男性スタッフに大喜びだろうな......。
俺の頭の中でそんな光景が浮かび上がると、ちょっとだけ複雑な気分だった。
昨日、正臣からの告白が無かったら俺も喜んでいたかもしれない。でも、今はそういうのはどうでもよくて、美容の勉強になればいいかな、と思うだけ。
早くカットも出来る様になりたいし。
「早速オーナーに連絡するから。まあ、今すぐって事じゃないし、店を作ってからだからね?!」
「あ、はい。お願いします。」
俺の返事で少し機嫌を良くした大原さんは、スタッフルームから消えて行った。
昨日、遅くまで眠れなかった俺は、まだ頭がぼんやりとしている。それでも、大原さんのいう新しい店での仕事には興味もあった。
女性のいない美容室ってどんなかな......。
床屋じゃなくて美容室だからな~
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