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第58話 云ってしまった。
いつもより少しだけ遅くなったが、それでも繁華街が近いこの通りは人で賑わっていた。
会社帰りのスーツ姿を見ると、正臣の姿が脳裏に浮かんでしまう。
さっき云われたチハヤさんの言葉が、俺の頭の中でグルグル回り出すと、居てもたってもいられなくて正臣の携帯にメールを送った。
『話がしたい。時間あったら電話して。』
なんともあっさりとした内容のメール。
こんなもので正臣が電話をよこすだろうか。まあ、来なくてもいいんだ。まだ俺の頭の中も整理はされていない。
目の前の行き交う人を目で追いながら歩いて行く。ジャケットのポケットに入れたスマフォを握り締め乍ら、この人混みの中にもきっと俺と同じように悩んでいる人がいるんだろうな、と思うと変に心強かった。
悩みの形はそれぞれだけれど、内容も人によって違うけど、それでもこうして歩いているんだ。歩いて行かなきゃならない。
マンションまであと数メートルという所で、ポケットの中のスマフォが鳴った。
画面を見ながらゆっくり応答をする。
『どうした?ハルミから連絡って珍しいよな。何かあったか?!』
その声は少しだけ上擦っていて、いつもの正臣らしからぬ様子。
「俺さ、お前と家族になるって実感が湧かないんだ。ずっと考えてるんだけど......、時間を掛けようって云ったけど、一旦無しにしてもらっていい?」
あんなに頭は混乱していたのに、正臣の声を聞いた途端スラスラと口から言葉が出てきた。
が、ひょっとしたら、コレって断りの電話みたいになっているかも。無しにしてって云ったし................。
『ハルミ、............どうした?疲れてんのか、昨夜遅くまでオレが....』
「違うよ!色々考えたんだけど、正臣はいつも急すぎるんだ。俺の状況はお構いなしでさ。.......とにかく一旦無し、な!そういう事だから、頭がすっきりしたら電話する。」
『はあ?..........おい!』
「-----」
俺は電話を切った。
これまで、正臣には幾度となくヒドイ言葉を浴びせてきたと思う。
自分の気持ちとは裏腹に、本心を知られまいとしてわざと冷たくした事も。
近くに来られるのを避ける様に、正臣には特に距離をおいてきた。なのに、一線を越えてしまったら易々と恋人気分になって、ミキさんや涼くんに交わろうだなんて浅はかな.........。
自宅に戻り湯船に浸かりながら身体を沈めてゆけば天井の換気口をじっと見る。
俺のこの気持ちもあそこから吸い出されたらいいのに........。そうしたら、いつもスッキリとした気分で過ごせるかもしれない。
なんて、バカな事を考えつつ浴槽から身体を乗り出すと水しぶきを上げて風呂から出た。
頭をバスタオルで包んで、ガシガシと擦りながら部屋に戻る。と、カウンターチェアーに正臣が座っていて思わず「ひゃッ、」と息を飲んだ。
「び、ビックリするだろッ!!!ドロボーかと思うだろ!!あ~~~~っ、もう!」
腰が抜けそうになって、叫ぶ俺を横目で見ながら正臣は一言も言葉を発しない。
「なんだよ、カギ、どうした?渡したまま返してもらってなかったっけ.....?」
まだドキドキが治まらない胸を押さえて云う俺に
「そんな事よりさっきの電話、アレ、なんだよ。無しにするってどういう事?」
正臣の顔が真剣で、少しだけ後ずさりした俺。でも、気を取り直すと冷蔵庫を開けて水を取り出しに行った。
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