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第59話 欲張りな男。
水を飲んでいる俺の姿をじっと見つめながら、正臣がイラついているのが分かる。
床に着いた踵が小刻みに揺れると、堪らず立ち上がって俺の後ろに来た。
「ハルミ、説明しろよ。昨日はオレとお前の気持ちが通じ合って、やっと一緒に居られるって思ったところなのに。今日になってどうして無かった事になるんだ?!家族ってのがイヤなら、どう云えばいい?」
後頭部を過ぎるのは、正臣の行き場のない感情を吐露した言葉の数々。俺の頭の周りを取り囲むが、フッとひと息つくとコップを流しに置く。
「だから、通じ合ってすぐに家族って.......。今日チハヤさんに云われて気付いちゃったんだよ、そんなのあり得ないってさ。」
「............チハヤ?誰、それ。..........そいつの言葉でオレの事片付けるっての?!ウソだろ?!」
正臣が怒りを露わにした顔で云う。
でも、俺だってもう流されるわけにはいかないんだ。正臣の言葉をそのまま受け入れるのが不安な部分もあるし、何かおかしいと思う自分がいた。
「俺、チハヤさんって人と..........キス、した。そんで、お前に対して罪悪感なんかないって思ってたのに、...........やっぱり胸の奥がチクって痛んで、あ、俺、正臣以外の男とキスしちゃったって落ち込んだ。それって罪悪感なんだよね。ついでに云うと、俺は正臣がミキさんと一緒に居るのは嫌だ。俺だけの正臣でないと...........イヤなんだ。」
「そ、そいつとキスって?なんだよ!ハルミ、お前ボヤっとしてるから!」
「ボヤっと、してるかもしれないけど、チハヤさんは大原さんの好きな人で、あの二人は家族みたいな関係なんだって。それは俺にも分かるほど。俺と正臣の関係とは違う。」
「どういう事だよ!オレとミキは結婚しているしやっぱり家族だ。もちろん涼の事も家族だと思ってる。けど、ハルミの事も好きなんだ。手放したくないし、ずっと近くに居たいと思う。だから家族になりたいって言ったんだろ?!」
少し姿勢を崩すと、俺の顔を覗き込む様にして肩に手を掛ける。
俺は顔を横に背けた。まっすぐ見るにはもう一つ気持ちが揺らぎそうで、怖かったから。
「ハルミ!オレの事、好きだろ?!」
「..............そ、れは.........。」
確認されてしまえば好きとしか云えない。恋い焦がれた正臣に、好きだと云ってもらえる喜びを噛みしめつつも、俺と正臣の間には必ずミキさんと涼くんが居て、その二人の存在を忘れる事は出来ない。
ましてや、正臣にとっては大切な家族なんだから.........。
「俺、不倫する男の気持ちが分からなかったけど、結局は欲張りなだけなんだよな!今分かった。正臣は欲張りなんだよ。俺もミキさんも涼くんも、自分の傍に置いておこうなんて、俺らの気持ちなんかお構いなしでさ、自分の欲を満たしたいだけじゃん!!」
「.......................」
シンと静まり返った部屋の中で、俺の荒い呼吸の音だけが聞こえている。
肩で息をしながら、正臣のうな垂れた姿を上目遣いに見ると俺の頬を涙が伝った。
自分でも意識せずに自然と流れる涙は、音もなく床に滴るととめどなく溢れ出す。
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