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第61話 夫婦愛。

 独りの部屋で、溜め息をつきながらもう一度自分の気持ちを確認する。 正臣の温もりを思い出し、胸の前で腕を交差させた。力強く俺を抱きしめるアイツの腕に、縋りつきたいのを必死で踏みとどまる自分が可哀そうに思えてくる。 ゲイだからって、恋が叶わない訳じゃない。大原さんとチハヤさんの様に時間を掛けて成就する恋や愛もある。 一旦は諦めた想いをまた呼び起こされて、正臣も俺が好きだと云う。普通なら万々歳のところだ。 なのに----- その晩は結局眠れない夜を過ごしてしまうと、翌日も頭がぼんやりしたまま店に向かった。 観葉植物に水をやりながらも気分は塞いだまま。その日、朝から大原さんは本店に行っていて、昨夜はゲイバーで飲んでいたっていうのに元気なものだと感心する。 俺もあの位吹っ切れてたらいいんだけどなー。 「今日はなんだか元気がないですねー。具合でも悪いんですか?」 大きなハート型の葉っぱに乗ったホコリを掃う俺に向かって、洋介くんが訊いてくる。 「......え?......あぁ、別に.........。」 それ以上は答えずに、葉っぱを柔らかい布で拭う。 「その植物、ウンベラータって云うんですよね。開店祝いに貰ったって聞きましたけど。」 洋介くんは俺の隣に来ると、お客さんもいないので二人で葉っぱを見つめながら話した。 開店祝いに貰ったっていうのは聞いたが、名前までは覚えていなかった。 「洋介くん、植物に詳しいの?よく名前、覚えられるね?!俺、全くダメだ。」 苦笑いをしながら云うと、「いや、全然詳しくはないですけど、このハート型の葉っぱは珍しいし、花言葉も素敵だから...。」と言って微笑んだ。 「花ことば?」 「ええ、夫婦愛、とか永久の幸せ。.........お祝いのプレゼントで良く使われるらしいですよ。うちの実家にもあります。あ、美容院で開店祝いにやっぱり貰ったって云ってました。」 「へ、ぇ........。。」 花言葉を聞いたらまた落ち込みそうになった。『夫婦愛』とは..............。 俺がいま一番気にしている言葉だよ。と、心の中で思いつつ、ハート型の葉っぱに触れると少しだけ気持ちは和むようにも思える。 思い込みっていうのかな................? ----はぁ、辛い------ その日は夕方になってもお客さんが少なくて、予約の人がすべて終わってしまうと、店長が「今日はもう終わろうか?!あと10分ぐらいで受け付けも終了するし。」という。店長は時々こうやって早めに上がらせてくれる事があって、凄く助かる時もあるが...........。 俺としては部屋に帰るのがちょっと辛い気もした。 また独りになると正臣の事を考えてしまうのが分かっているし、同じことでグルグルと想いを巡らしていても何も解決はしないんだ。 「俺、残ってもいいですか?ウィッグでカットの練習したいんで。」 店長に訊いてみると、「いいけど.......、昨日もカットの練習したんだろ?早く帰って身体休めた方がいいんじゃないか?」と云われる。そう云われるのも分かってはいたけど。 「大丈夫です、早めに切り上げますから。」 「......そう?ならいいよ。戸締りよろしくね。」 「はい、」 時間になると、スタッフはそれぞれ帰っていく。 アシスタントの洋介くんは俺に付き合うと云ってくれたが、そこは丁寧に断った。 本気でカットの練習をしたい訳じゃない。ただ、部屋に居る時間を減らすための口実に過ぎないのに、洋介くんの貴重な時間を割くなんて申し訳ないと思った。 鏡の前で、一応ウィッグをセットする。 カットの練習を重ねたせいで、ベリーショートの髪の毛をした首から上の無表情のカノジョは、冷めた目で鏡越しに俺を見ているようだった。 そのウィッグの後ろに立つ俺も、無表情な顔で鏡の中の自分を見つめる。

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