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第63話 いったい何なの?
バス停で顔を突き合わせていると、正臣の顔がだんだん不機嫌そうになってくる。
口を少し尖らせて、時折左右に動かすと何か言いたげだった。
「なに?!」
先に尋ねると、グッとくちびるを噛みしめた正臣。
眉根がピクリと歪む。
「斎藤と二人で随分とご機嫌そうだな。顔、真っ赤だぞ。足元もふらついてるし.....。」
「大きなお世話。誰かさんがわけの分かんない事云うから........、酒でも飲んで気を紛らわそうと思ったんだろ。お前の方こそ、家はこの町じゃないだろ、どうして此処にいる?」
ほんの少し、酔いに任せて正臣に強い口調で云うと睨みつける俺。
足元がおぼつかないのは自覚出来ている。でも、ちゃんとマンションまで歩いて帰れるからここまで斎藤を送ったんだ。
一々正臣に云われなくても、俺はちゃんとしている。と思っていたが、歩いて来たせいかなんだか気分が悪くなってきた。
正臣に不愉快な顔をされて尚更気分が悪い。
「帰る。」
口元を押さえると、正臣に背中を向けて歩き出した。
「おい、ハルミ!」
正臣は俺の肩に手を掛けると、自分の方へ振り向かせようと身体を引く。
その時、バランスを崩してぐらつく足を支えきれずに倒れそうになった。
「あッ!!」
正臣は両肩を抱きとめると、倒れそうな俺の身体に腕を回す。その腕が腹に食い込むと、俺の胃から込み上がってくる物が押しとどめようにも止まらなくて。
「ぅげぇ.............ッ、」
俺は、正臣のスーツに思い切り吐いてしまうとそのまま地面に座り込んでしまった。
- - -
通り過ぎる人の視線を感じながらも、時間が止まった様に動けない。正臣の差し出した手でようやく上を見上げる。
正臣は汚れたスーツのジャケットを脱ぐと、それを丸めて脇に抱えた。そうして俺に手をよこすと立ち上がらせてくれる。
「..............ぁ、ごめ、........ん。」
小さな声で謝るが、正臣は俺の手を引くと何も云わずにただ歩かせた。
嫌だとか離してくれとか云えない状況で、俺は黙って後をついて行くしかない。
少し歩いて目の前に建つビジネスホテルに入ると、奥のエレベーターに連れ込まれてしまった。
「ぇ..............あ、............」
言葉を発する間もなく、3階の一室の前でカードキーを差し込んだ正臣は、ドアを開けると同時に俺の身体を放り投げる様に押し出す。
躓きそうになりながら、なんとか耐えると振り返って正臣の方を見た。
「何すンだよ!危ないな~っ。」
そう云って睨むが、丸めて脇に抱えたジャケットを俺にぶつけると、「こっちのセリフだ!この酔っ払いが!」と怒鳴ってくる。
...................まあ、確かに悪いのは俺だけれども.............。
ちょっとだけふくれっ面をした俺は黙っていた。
「ったく、どうしてくれるんだ、コレ!クリーニングに出さなきゃ............、クソッ、」
俺にぶつけて床に落ちたジャケットを自分で拾うと、正臣はそれを手にして洗面所に行った。
ぶつけたモノを自分で拾う姿にちょっと笑えてくるが、でも、俺が汚してしまったし悪いと思って俺も後を追う。
案の定、濡らしたタオルでジャケットのシミを擦る正臣だったが、そのタオルを奪う様に引き寄せると俺は汚れた所を擦った。
「ごめん、悪酔いしちゃって.......。汚してゴメン。クリーニング代払うから。」
そう云いながら尚も擦り続けると、正臣はその場で穿いていたスラックスも脱ぎ捨ててしまう。
「ハルミも脱げよ。服、汚れてる。」
「え?」
そう云われて自分の足元を見れば、確かにジーンズが汚れてしまっていた。さっき地面に倒れたからか......。
「けど、...........着替えが..............。俺はすぐに帰るからいいよ。」
正臣の顔を下から眺めながら云うが「あッ、そう。」と言って、シャワーカーテンの向こうのシャワーを手に取り俺に向かって水を掛けてきた。
「ぅわっ、ちょ、っと!!なに?」
慌てて正臣の手からシャワーを奪おうとするが、高く頭上に挙げられると手が届かない。
おかげで頭からお湯を被る羽目になった俺は、全身びしょ濡れ。
ジーンズどころか、髪もジャケットもシャツも............それからシューズもだ。
ふ、......ハハハッ
俺を水浸しにしておいて、この格好を見ると高らかに笑う正臣の顔はやけに嬉しそうだった。
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