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第70話 大原さんが居てくれて良かった。
____________ それは突然の発表だった。
『今度出店するのは海外なんだ。』
と、オーナーの天野さんは男らしい中にも色気のある笑みを浮べて俺に云った。
「.............は?」
『実はうちの両親が台湾に住んでいるんだけどね、あそこは案外住みやすいらしくてさ、もう日本に戻る気はないっていうのさ。でね、美容やファッションはまだまだこれから伸びるから、こっちで店を出さないかって。』
台湾という国をあまり意識したことのない俺は、たまにゲイバーで耳にするドラマか何かの主人公が、イケメンで素敵だという事ぐらいしか知らなかった。台湾って中国の一部だっけ.........?そんな事すら曖昧で。
なのに、いきなり台湾への出店を計画しているだなんて聞かされて。
俺はてっきり国内の、それも電車で一時間ぐらい離れた所なんだとばかり思っていた。
「ビックリしたよね。だけど、僕としては興味があるんだ。あっちの男の子も可愛い子多いしさ、ニューヨークとかは怖気づくけど、台湾なら暮らしてみてもいいかなって.....。」
大原さんは、俺の横でソファーに座って腕組みをしながら云う。でも、暮らすって事は日本から離れるって事で.............。
「あ、の.........、それじゃあ日本には戻って来ないって事ですか?」
心臓がバクついて、自分でした質問がおかしな事に気付かない。
『いや、勿論日本がメインだよ。そう簡単に永住なんか出来ないし、キミたちが行くって言ってもほんのひと月ぐらい。後はこっちと台湾の店を掛け持ちになるけどね。向こうでもスタッフを雇うつもりだし。』
「そう、ですか.......。」
ここに入る前に大原さんが云った意味が分かったが、俺は今ひとつ頭がぼんやりしてしまい、それからは言葉が出て来なかった。
『あ、そうそう、もうすぐお寿司が来るから良かったら食べて行きなさい。ジュンくんはあれか?チハヤくんが待ってる?』
そう訊いたのが聞こえて、ハッとなった。
そうだ、正臣からのメールの返信をしないまま、俺は此処に来てしまった。しかも、スマフォはオーナーの家に行くって事で電源を切ったまま。
思い出したら急に落ち着かなくなった。
もしかして、帰りに店に寄っているんじゃないかって思って.....。でも、今日はみんなよりほんの少し早めに出て来てしまったから、ひょっとしたら誰かが出掛けたって伝えてくれたかも。
けど、...................大原さんと一緒って云ったら...............。正臣は気を悪くするかな。
「チハヤさんは雑貨店の方が忙しいらしくて、どうせ僕は独りですから。沢山頂いて帰ります。」
『ははは、そうか、相変わらず忙しいヤツだな。沢山食べて帰りなさい。』
二人の会話を緊張しながら訊いていた俺だったが、「あの、ちょっとだけ電話入れても?!」と訊くと、いいよ、と言われドアを開けて廊下へ出るとスマフォの電源を入れてみる。
案の定、正臣からのメール通知が沢山来ていた。
丁度、俺が電源を切ったすぐ後にあったようで、そこから4回。
(ヤバイな..........)
昨日から放置しっぱなしで、今日は電源も入れていないって。これじゃあまるで着信拒否状態だな。
ふぅ、と溜め息をひとつ吐くと、玄関のインターフォンが鳴って部屋に居た大原さんがドアを開けていそいそと出てきた。
「来た来た、お寿司ー」
そう云うと、俺にニッコリ微笑んで手にした財布を掴んで玄関へと行く。
俺がオーナーの待つリビングに行くと、『どうした?用事あるんならお寿司持ち帰りにしてもらったから、持って帰っていいよ。』と言ってくれる。
「あ、はい、すみません。」とお辞儀をして椅子に腰掛けると、大原さんが寿司桶に入った物と包装紙で包まれた持ち帰り用の寿司を手にして戻って来た。なんていうか.....、子供の様にはしゃいでいるのを見ると、そんなに寿司が食べたかったのか、なんて揶揄いたくなってしまうけど。
テーブルに置くと、俺の方を見る。
俺も思わず大原さんの顔を見て、見つめ合ってしまうが「あ、お皿っ、、、、」と言って椅子から立ち上がった。
そう、お客さんで来ている訳じゃないから、この場合、俺がちゃんと給仕しないといけないんだった。
ぼ~っとして忘れるところ。
「いいよ、ある所は知っているから、僕が出す。ハルヨシくんはオーナーの話し相手になってて。」
「え?」
大原さんはそう言ってキッチンへと行ってしまった。
『ジュンくんは昔っからあんな調子だねー。』というオーナー。
昔からの知り合いだと云ってたけど、大原さんにも過去がある事はチハヤさんから聞いている。詳しくは訊かなかったが、俺の知らない辛い時代があったらしい。
「あの、.......どうして大原先輩と自分が選ばれたんでしょうか?!他にもスタッフはいるのに.....。」
素朴な疑問を投げかけると、オーナーは口角をあげて少しだけ嬉しそうに笑った。
その笑みは何の意味を持つのか.....。
『見た目は似ているよね、キミたち。でも、真逆だ。そこが面白くてさ。』
.............そんな事を云われても、だからどうだと云うんだろう。確かに俺と大原さんは対照的かも。あの人の小悪魔的な要素が俺に一ミリでもあれば、前に云われた様に正臣を奪い取っちゃう事も出来るのかも。
けど、俺は俺だし、大原さんにはなれない。
「この持ち帰りの折詰、チハヤさん用に持って帰らせるつもりでした?」
大原さんはキッチンからお盆に乗せた急須と湯呑み、しょうゆ皿を持ってくるとオーナーに向かって訊いた。
『ああ、それね。いや、キミらの都合もあるだろうし、時間が無ければ持ち帰ってもらおうかと思ってさ。チハヤくんまではオレの管轄外。』
「じゃあ、ハルヨシくん、貰って帰んなよ。なんかあるんだろ?スマフォ見て悩んだ顔してたし。話は一応聞いたから、後は考えればいいよ。」
大原さんはあの瞬間の俺の顔を見ていたのか。そんな風に云われるとドキリとする。
『あ、そうなの?!用事があるんなら済ませておく方がいいね。どうぞ持って帰って食べたらいい。』
「........はい、.............有難うございます、そうさせて頂きます。」
俺はその場でお辞儀をすると、大原さんが手渡してくれた折詰を二つ手に持ってオーナーに有難うございました、と一礼して部屋を出た。
ホントに気さくなオーナーで、肩の力が抜ける気がする。大原さんが居てくれたおかげで、すんなり帰る事も出来たし、台湾の店の事はゆっくり考えようと思った。
その前に、俺には先にやることがある。正臣からのメールを見ながら返信をすると、足早にマンションを出る。
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