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第73話 平行線の先には。

 暫く見つめ合ったが、先に目を逸らしたのは俺の方だった。 床に落とした視線は足先を見つめたまま、正臣の言葉を待つ。が、ふぅ、っという重苦しい溜め息しか聞こえては来なかった。 その溜め息に俺の目が正臣の顔を捉えると、上目遣いに見る。 「行くしかないって...........、そんなのおかしいだろ。本人が行きたくないって云うんなら行かなくてもいいんじゃないのか?!」 正臣は俺に云うが、「じゃあ、お前らサラリーマンは地方へ転勤の辞令が降りた時、行きたくないって云えるのかよ。云えないだろ?!それとおんなじだ。」と返せば何も答えられなくなった。 「店のオープンがいつになるのか、それはまだ分からないけど、俺は良い機会かもしれないって思った。このままじゃダメな気がするんだ、俺たち。」 これは本心。会えば嬉しくなるし、傍で温もりを感じたいと思ってしまう。 けど、俺の中にある訳の分からない倫理観がそれじゃダメだって制御するんだ。 正臣たち家族の中に入り込もうとする俺は、どう見たって異物。たとえ正臣が欲してくれても、その手を取ることが出来ない。 「何言ってるんだよ。オレとハルミはまだこれからだろ?!どうして初めからダメって決めつける?ミキに話して納得してもらうから、ハルミは何も心配しなくていい。台湾行きの話もまだしばらくは時間があるんだろ。その間にオレたちの事相談しようよ。」 正臣には、俺の本心が伝わらないんだ。 あくまで家族の一員の様に、俺を側に置いておきたいだけ。 「............だから、そういう所がダメなんだって!俺は平気なふりしてミキさんと涼くんたちに笑顔は向けられない。云ったろ?!俺のものになってって.........。みんなの正臣じゃなくて、俺の、俺だけの正臣が欲しいんだ。」 見つめる瞳から滲む涙が溢れそうになった。 くちびるを噛み締めると、微かに震えてしまう。堪えないと声を出して泣いてしまいそうで、慌てて正臣の横をすり抜けるが、腕を掴まれてしまった。 正臣の力強い手は、俺の細腕を握って離さない。しっかり掴むとそのまま自分に引き寄せる。 俺は必至でその胸から遠ざかろうとした。一度抱きとめられれば抗えないのは分かっていたから.....。 でも、ふいに正臣の手が力無く俺の腕を離した。 俺は正臣を見上げる。 離されてホッとしたのに、一気に冷めた腕の熱が勝手に正臣の手の温もりを恋しがった。 また俺の頭の中に未練と迷いが押し寄せてくると、自分でその腕を握り締め正臣に背を向ける。 「.............オレ、..............今夜は帰る。ごめんな、ご馳走様。」 「............」 背後で足音を聞きながら、それが玄関のドアを開けるまでじっと姿勢を崩さずに立っていた。 パタンとドアが閉まる音で、初めて振り返ってみるが、そこには正臣の幻影もない。静かな空気が、時折入る隙間風に巻かれて渦を巻くだけだった。 _____いつも、いつもこうなる。 浮かれては沈み、また浮上しては溺れるんだ___

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