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第78話 ぶり返す痛み。
「少し寝たらいいんじゃない?今夜チハヤさんが来る予定だから、車で送ってもらえる様に頼んでおくよ。」
そう云うと、新しいシーツをベッドに敷いてくれる。
「いや、悪いですから、このまま帰りますよ。」
俺が恐縮して断ろうとするが、「いいから、先輩の好意には甘えるもんだよ。それにチハヤさんもハルヨシくんが可愛いみたいだしね。兎に角ゆっくり休みなって!」と言って俺をベッドに押しやった。
「...........じゃあ、........お言葉に甘えて。」
なんだか強引に寝かせられ、布団を掛けられたら仕方がないから目を瞑るしかない。さっきの言葉がちょっと気になって、襲われやしないだろうな、なんて心配になるが、チハヤさんも来るっていうし俺はじっと目を閉じていた。
枕カバーも新しいものに変えてくれて、そういう所はすごく大原さんらしいなって思う。それと、掛け布団の襟元に少しだけいい香りのポプリを置く辺り、抜け目がない。こういう所がチハヤさんを惹きつけるのか.........。
「いい香りですね、なんだか落ち着く........。」
そう口にすると、ウトウトと眠りについた俺。
- - -
自分でもびっくりするほど眠ってしまったようで、微かな明かりに目を擦って見れば、大原さんとチハヤさんが並んでテーブルについていた。
カチャカチャと、スプーンが皿に当たる音がして、夕食はコンソメ風味のスープなんだと思った。
鼻の奥に広がるコンソメとベーコンだろうか、凄くいい香りがするとおもわず腹の虫が鳴りそうになる。
あんなに胃が痛かったのに、薬が効いたのか。今はもう痛みはなくなっていた。
「あ、起きた?!」
大原さんが俺に気付く。
「大丈夫か?少しは良くなった?」
チハヤさんも心配してくれているようで、俺はゆっくりと布団を剥ぐと上体を起こして「寝ちゃって、.......気分は良くなりました。ありがとうございました。」と頭を下げた。
「少しだけ口に入れてみる?野菜たっぷりのコンソメスープ。」
「おーはらのスープは絶品だよ!少し食べたら又薬を飲むといい。後で送ってあげるし。」
二人にそう云われて、俺はまたまた甘えてしまう。
「本当にすみません、助かります。」
スプーンでスープを掬うと一口飲んだ。
口の中に広がる優しい味。大きめのジャガイモや玉ねぎがクタクタになる迄煮込まれていて、ベーコンも柔らかくなっていた。
「ホントに美味しい........。大原さん上手ですよね。」
俺は別にお世辞を言うつもりは無いが、こういう風に二人で食べる食事って、それだけで幸せを共有しているみたいで羨ましくなった。
味わいながら残さず頂くと、あんなに痛かった胃も嘘の様に治ってしまったようだった。
「少し元気が出て良かった。あんまり無理しないで、ちゃんと食事もとらないとな。」
チハヤさんにそう云われて、「はい、」と恥ずかしくなる。
暫くすると、本当にチハヤさんは俺のマンションまで送ってくれて、そんなに距離も離れていないからあっという間に着いたマンションの前で降ろしてもらった。
部屋まで送ろうか、と云われるが、流石にそこまでは弱っていないので「ここでいいです。ありがとうございました。」と、丁寧にお礼を云うと車のドアを閉める。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
車のエンジン音が遠ざかる迄、俺は舗道に佇むとチハヤさんの車を見送った。
ホッと一息つくと、踵を返して自分の部屋へと向かう。
エレベーターを降りて、通路の先に人影が見えるので、思わず立ち止まると少しだけ緊張が走った。
その影は、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。
少しくたびれた様な、そんな眼差しを向けると「何処に行ってた?........あの車で送ってもらったのか?!」と低い声が聞こえて、それが酷く不機嫌そうで俺は口をつぐむ。
「................正臣、.............」
やっと出た小さな声。名前を呼んでみるが返事はくれなかった。
俺は部屋のドアノブにカギを差し込むと、黙ってドアを開けた。もちろん俺の後ろには、正臣の身体が滑り込む様に入ってくる。
そんな姿を横目で見ながら、バッグとジャケットを椅子に置く。さっきまで胃の痛みが消えていたのに、今は又キリキリと痛み出していた。
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