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第79話 言ってしまったよ…
正臣は、ゆっくりとカウンターチェアーに腰掛けると、膝を組んでこちらを見た。
その眼差しがとげとげしくて、俺はフイッと視線を逸らせる。今閉めたばかりの玄関の扉を確認するかのようにじっと見つめたまま。
キリキリと痛み出した胃の辺りを押さえると、「どうかしたのか?」と正臣が顔を覗き込む。
「別に.....」
そう云って視線は逸らせたまま、俺は立ち上がるとバッグから薬の袋を出してテーブルに置いた。
「病院.....?どこか悪いのか?」
正臣が、尚も俺の事を見つめると訊いてくる。心配してくれるのは有難い、でも俺の胃の痛みは不規則な食生活もあるが、きっとこんな風に正臣との事で思い悩むからなんだと思った。
現に、さっきは治ったと思っていたのに、顔を見たら又痛み出すとか........。
「さっきの人に病院へ連れて行ってもらったのか?!...........店の人?」
あんまりしつこく訊かれて、俺は痛むお腹を押さえながら「チハヤさん。さっきの車の人は、大原さんの付き合っている人で、前にも云ったと思うけどバーや雑貨店なんか色々やってる人なんだ。すごく頼りになるし、素敵な人だよ。」という。
別に他意はない。
俺がチハヤさんに抱くイメージを伝えただけ。正臣の気を惹きたいとか、そういう事で話した訳じゃない。
なのに、「お前、先輩の彼と...........?ハルミってそんな事出来る奴じゃないだろ?」だなんて、何を勘違いしているんだろう。
俺がチハヤさんと関係を持ったと思っているんだろうか?
「何言ってるんだよ。..........でも、大原さんの彼じゃなかったら、俺も頼っちゃうかもな。大人だし、俺の気持ち分かってくれるし。」
「は?....バカな事云うなよ。オレは認めないから。」
「........認めないって、...........そっちこそ何言ってんだよ。自分は家族が居ながら俺とも付き合おうとか思っているくせに!図々しいんだよ、なに様?」
つい、声を荒げてしまい、ハッとなった。
更に胃の痛みは増すばかりで、俺はコップに水を注ぐと薬を取り出す。
寝る前に呑んでもいいという錠剤を口に含むと、流し込んではあーっと溜め息を溢した。
「........ごめん、オレさ、さっきお前が車から出てくるの見てこの間云われた事を思い出したんだ。俺だけのものになって欲しいって......、オレもそう思っている。ハルミが誰かのモノになるなんて許せない。けど、........オレがそれを云っちゃいけないんだよな。」
肩を落として言うと、上目遣いに俺の顔を覗き見る。その切ない顔は、もう何度も見た気がする。
「...........俺が欲しいなら、家族を捨てて。それが出来ないなら..............、もう顔は見せるな。」
腹を押さえた掌に力を込めると、俺はまっすぐ正臣の顔を見て云った。
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