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第85話 何処かへ…

 さすがに、シャワーに打たれたままじっとしていたら気分が悪くなってきた。 それに、正臣が心配したのか、浴室のドアをノックすると「おい、大丈夫か?」と心配そうに声を掛ける。 「..............平気。もう出るから」 ゆっくりと立ち上がると、シャワーの湯を止めた。 ドアを開けて出ようとする俺に、正臣がバスタオルを寄越す。 「ありがと」 「無理させちゃった?ごめんな、何か飲むか?」 「................ううん、自分でするから。もう遅いし、正臣はホテルに戻りなよ。明日も仕事だろ?」 躰を拭きながら部屋まで行くと、横をついて来る正臣にそう云った。 「ああ、......けど、ハルミが..............」 「大丈夫だって。俺もすぐに寝るから。...............あ、さっきのメール、涼くん、立てたんだな」 出来るだけ普通の顔をして云った。勝手に開いて見てしまった事は申し訳ないと謝ったうえで。 正臣の表情は少しぎこちなかったが、それでも俺が微笑んで訊けば「ああ、今夜初めて立ったんだ。今までも掴まり立ちは出来ていたんだけど。.........早いのか遅いのかは分かんないけどな。」と、憎らしいくらいに父親の顔をして云う。 「良かったな。」 俺はひと言だけ云うとベッドのシーツを剥して胸の前で丸めた。 「じゃあ、今夜はこれで。また来る。」 正臣が俺の背中に手を当てると云うから、「うん、また。」と、俺も微笑んで返事をする。 服を整えると、帰るために玄関に向かうが、もう一度俺の方を振り向いた正臣は、少し気にかかる事があるかのように眉根を寄せる。 「おやすみ。」 俺がそう云うと、「おやすみ。ゆっくり寝ろよ?!」といって静かにドアを閉めた。 _____ゆっくり、か_____ 低くて静かな声が耳に残り、意識の中で何度も繰り返しては正臣の声を心に留める。 - - -  それから暫くは、仕事の方が本当に忙しくて、正臣も新たな契約の為に上司と一緒に出張へ行くことになったらしい。 会えない日が続けば、これでいいんだと思う俺。顔を見ずにいられるって事は、このまま離れてしまっても大丈夫かもしれない。 そんな事を考えていたら、大原さんが俺に耳打ちをしてきた。 「台湾の店、決まったらしいよ。オーナーのお父さんが物件押さえたって。」 「え?」 まだ少し先の話でいた俺は、現実になった海外での仕事が目の前にあると知って、心臓がドクンと跳ねた。 同時に、このまま早く行ってしまいたいような、そんな気にもなった。

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