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第88話 変貌……。
「ねぇねぇ、これからハルヨシくんの部屋に行ってもいい?」
「.........え?」
丁度、次の角が分かれ道となった辺りで大原さんはそう訊いてくる。
「え、っと.....」という戸惑いの声で返事をしようとすれば、「正臣くん、居ないんだろ?」と云われた。
「もちろん、一緒に住んでる訳じゃないし。いませんけど.....」
「なら、いいじゃん。僕、ハルヨシくんの住んでいる部屋を見てみたいんだよね。」
そう云われてしまうと、奢ってもらったし断るのも申し訳ない様な気がした。
「いいですけど、.....特に何もありませんよ。ホント、なあ~んにもない部屋で。」
俺は、変に期待されても恥ずかしいだけなのでそう言ったが、大原さんは「えへへ....」と笑って俺の後に付いてくる。
ほんの数分、店に来るお客さんの話をしながら歩くと、すぐに俺のマンションに着いた。
普通に部屋のカギを開けて中へ通せば、「ぅわっ!ホントにシンプルな部屋!!」と言って喜ぶ大原さんだった。
「だから云ったじゃないですか。何にもないって.....。」
俺はジャンパーを脱ぎ、カウンターチェアーの背もたれに掛けると「何か飲みますか?」と訊く。
チハヤさんの店でもかなり飲んではいたが、大原さんは酒が強い方で、全く酔っていないしまだ飲み足りないんじゃないかと思う。
「う~ん、じゃあ、ビールとかあったら。」
「ビールならあります。」
俺は、冷蔵庫を開けると缶ビールを取り出してテーブルに置き、隣に座った。
その間も、大原さんは狭い室内をぐるりと見廻している。本当に、頭をぐるっと一周すればすべてが見渡せる部屋で、大原さんの住むマンションとは大違いだった。
.........まあ、アソコはチハヤさんのマンションだという事なのかもしれないが.....。
「ベッドはダブルなんだぁ~、やらしいなー」
そいうと缶ビールに口を付けた。
「ちょ、........なんですか、ヤラシイとか。」
そう云ったが、確かに不純な目的でダブルベッドにした事は間違いではない。
同じ男とはいえ、ゲイである大原さんにベッドを見られるのはいささか恥ずかしい様な気もする。
でも、俺だって大原さんの部屋のベッドで寝てしまったんだよな。あの時はいやらしいなんて考える暇もなかったけど。
「一応綺麗にはしてるね。ちゃんと掃除もしてるんだ?」
「まあ、.............それは、」
前は、仕事が終わればぐったりして寝るだけの生活だったけど、正臣が来るようになってからはちょっと気を使う様になったのは事実。アイツがどんな家に住んでいるのかは知らないけど、比べられるのもシャクだし.....。
「台湾に行ったらさ、ルームシェアすることになると思うんだよね。多分だけど。」
「あ、.........住む所とか考えていませんでした、俺。」
「まだ分かんないけどね?!オーナーに訊いてみないと。でも、僕はハルヨシくんとならルームシェアできそうな気がする。綺麗好きならオッケーだもん。」
「............はあ、..............」
またもや気の無い返事しか出来ない俺に、大原さんはビールを一気に飲み干すと顔を近付けてくる。
「...........な、」
なんですか、と言いかけた俺の言葉を遮る様に、いきなり大原さんのくちびるが俺の口に触れて言葉を呑み込んだ。
まさか、そんな事をされるなんて思ってもいない俺は、全くの無防備で。
でも、その瞬間、前に『抱かせてね』と云われた言葉がスコーンと俺の脳天に戻されて、本気でマズイと思ってしまった。
両肩を掴まれて、その手を払いのける事が出来ない俺は、只々瞼を最大限に開くしかない。
目を閉じたらヤバイと、心の中で思った。いくらなんでも同じ職場の先輩と関係を持つとか......、あり得ないし。
それに、チハヤさんが.................。
「.......やだなぁ、目ん玉ひん剥いてたらムードも何もないじゃ~ん。」
くちびるを離すとそう言って、俺の肩からも手を離してくれるとニヤッと笑う。
「お、おーはらさん、.........えっと、..........え?」
少し呆然としながらも、大原さんの顔を見て事の成り行きを訊こうとするが、上手い言葉も見つからずじっと目を見る。
「なーんかさぁ、ハルヨシくん見てるといじらしいっていうかぁ、虐めたくなるっていうかぁ。僕は基本ネコちゃんなんだけど、でも、どっちも出来るからぁ、ハルヨシくんになら突っ込んでみたいなって、そう思ったんだよねぇー」
「.............っ?!」
大原さんが完全にオネエ言葉になっちゃった。
初めて聞くけど、やっぱり酔っぱらっているんだと思った。顔に出ないから分からなかったけど、絶対に酔っている。
「あ、の.......。チハヤさんに怒られるんで、俺、..........えっと、マンションまで送ります。」
そう云って今度は俺が大原さんの肩に手を掛ける。でも、急に躰の力が抜けたみたいになって、重くて立たせることが出来ない。
「大原さん、送りますから。立ってくださいよぉ。」
泣きそうになりながら俺はお願いするが、遂にテーブルに突っ伏してしまうと大原さんは目を閉じてしまった。
______あああ、困った、ヤバイ、どうしよう
歩いているうちに酔いが回ったんだろうか。サイアクだ_____
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