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第90話 なにを今更!
緊張しつつも、疲れと酔いでいつの間にか眠ってしまった俺。
でも、玄関のチャイムの音が聞こえた様な気がしてパチッと目が覚めた。
目を凝らしてみると辺りはまだ真っ暗で、シンと静まりかえった気配に夢でも見たのかと思いもう一度瞼を閉じる。
それでも、また軽やかなチャイムの音が聞こえると慌てて布団から飛び出した。
............だれ?こんな時間に.............ひょっとしてチハヤさん?!
帰っていない大原さんを心配して此処へ訪ねてきたのかも、と思った俺はスウェットパンツだけを穿き直すと、大原さんを気にしつつも玄関へと足を向けた。
一旦ドアの前で立ち止まると、そっとドアスコープに瞼を寄せて来客を確認する。
____え、__________
ドアスコープから顔を離すと、俺の目が泳いだ。
思考回路がおかしくなった様で、もう一度頭の中で整理をしてみるが、今、うちの玄関の前に立っているのは正臣だった。
____明日まで出張だと言ってたのに_____
考えているうちに再度チャイムが鳴らされて、流石に大原さんも気づいたのか「だぁれ~?」という声をあげるとベッドから上体を起こす。
「あ、..............」
よく分からないけど、なんとなく今の状況はマズイ様な気がして、俺は唇に人差し指をかざすと「しぃ~~~~ッ」と大原さんに云った。
「なんだよー、まだ夜中じゃん。ってか、アレ?ハルヨシくん.............」
大原さんはまるで酔っていた事なんか忘れたかのように、俺の顔を見ると目を丸くした。
そうして、再度鳴ったチャイムの音にそのまま立ち上がると俺を押しのけてドアを開けようとする。
「あッ、ちょッ、だッ、ダメですって!!!!」
「なあ~んで?!」
俺を睨みつけたかと思ったらドアノブをガッと掴んで開けてしまった。こういう時だけ男らしい.........。
「はッ、______」
正臣は、俺の名を呼ぼうと口を開けたままだったが、やがて表情が険しくなってくると、全裸の大原さんに向かって「何やってんですか?!」と睨みつけて云った。
「え?.......寝てたんだけど、そっちこそ何?こんな夜中に。」
大原さんは自分の姿を顧みずに云うと、正臣に向かって眉を寄せる。
「あ、あの~っ、大原さんは何か着て下さい。取り敢えず、中、中に入れ!」
そう云うと、俺は正臣のジャケットの袖を掴んで引き入れた。
慌てながらドアを閉め、カギも掛けると振り返った時だった。急に正臣の手が俺の頬をパチンと叩く。
「..................?」
一瞬の事に、言葉が出ないままキョトンとする俺。
でも、正臣は頬を叩いた手で俺の手首を掴むと、グイッと自分に引き寄せた。
「おい!何やってんの?!」
ベッドの横で、下着を身に着けた大原さんが俺たちに声を掛ける。
叩かれた俺を見て驚いたみたいだったが、近寄ってくると正臣に向かって「何してんだよ、いきなり......。」と云った。
「ゲイってのはこんなに節操がないのか?!身近な男ならだれでも関係ないんだな?!先輩だろうが先輩の恋人だろうが。」
正臣の口からそんな言葉を聞いて、俺は完全に誤解されていると悟った。
そりゃそうだよな。夜中に来てみれば全裸の男が部屋に居て、寝てましたと云う。正臣でなくても誤解するって。
「はあ?.....何言ってんの?」
大原さんは正臣に突っかかる様に云ったが、「いいんです。」と俺は二人の間に入る。
今頃叩かれた頬がジンジン痛み出すと、「自分だって節操がないくせに。人の事云えるのかよ!お前はどうなんだよぉ、嫁がいる身で男にまで手を出して!」と、つい口に出してしまった。
「...............ハルミぃ___」
言い返す言葉もないのか、唇を噛みしめて俺を睨むように見る正臣の目は、本気で怖く思えた。
「おいおい、キミら何言って......」
大原さんは、二人の顔を交互に見ると困った様に頭に手を置くが、くるりと向きを変えると俺が椅子に畳んでおいた服を着た。
睨みあう俺と正臣に向かって「僕、帰るから。後は二人で存分に!」
そう云うと、バッグを掴んで玄関で靴を履きだす。
俺は止める事もせずに、ただドアが閉まるまでじっと立ちすくんでいた。その間も正臣の顔は睨んだまま。
やけに頭がスッキリして、今までの戸惑いや不安が何処かに飛んで行ってしまったぐらい。
腹をくくるって、こういう感じなのかと変に冷静な自分がいた。
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