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第92話 手紙って…?
暫くすると、正臣は鞄を開けて何やらゴソゴソと探し始める。
俺はそれを呆然と見ていたが、一通の封筒の様なものが出て来て、俺に見せると「コレ」と言って手渡した。
「なに?」
普通の白い封筒には何の表書きもなく、それを俺に寄越す意味も分からない。
「それ、ミキからお前に。手紙を預かって来たんだ。」
「は?...........えっ、ええ? なんで俺に?」
ビックリして息が止まりそうだ。途端に以前出会った時のミキさんの顔が脳裏をよぎる。
「読んでみてくれ。オレがお前の事をミキに話したって分かってもらいたいんだ。後、ミキの気持ちも書いてあるらしい。オレは読んでいないけど、そんな事を云ってたから…。」
正臣はさっきまで険しい目で俺を見ていたくせに、今は少し頼りなげな表情になっていた。
「................、読んで、みるけど.......。」
そう云うと、震える指先で封筒を開けて中を見る。
綺麗に折りたたまれた便せんには、バラのイラストが描かれており、ゆっくりとその文面に目を通した。
ちゃんと手書きの文字で、綺麗な字体は彼女の人柄を表しているようで。
_____晴美様へ
先立っては突然の訪問で失礼しました。
あの頃は、まだお二人の事を知らずにいた私ですが、正臣くんから先日聞かされて、驚きと同時に妙に納得する自分もいました。
こうして、漢字でハルヨシくんの名前を書いてみたら、確かにハルミと読めて、それが正臣くんの口から洩れた名前だと分かった時には、少し笑ってしまいました。
こんなに近くに居たのに、全く気付かない自分に呆れるばかりです。
息子の事をお話した様で、正臣くんの説明通り、私は留学中にある人を愛してしまい、その方との間に出来た子が涼なのです。
結婚できる相手ではなく、思い悩んでいた私に、正臣くんが産んで二人で育てようと云ってくれたんです。
まるでドラマの様ですが、彼はあなたへの気持ちを封印するつもりでいたらしく、その封印の為に私や涼が必要だった。そして、私も甘えてしまった。
結婚する事で、あなたとの距離を保てると思っていたみたいですが、実際は違っていた。
色々と理由を付けては、あなたの顔を見たいと思う様になったらしく、でも、いつも断られて悲しい目をしていましたよ。
それがある日、急にあなたのところへ行くから、と言って家を出たきり帰って来なくなって。驚きました。
色々事情は聞きましたが、正臣くんが同性の晴美くんを愛していただなんて驚きでしかありません。
私にはよく分からない世界です。
でも、誰かを愛する気持ちに変わりはなく、その気持ちを否定する事も出来ません。
私は以前お話した通り、彼との離婚を考えていますが、それは愛情が無いからという訳ではなくて。
ひとつ家に住めば、おのずと愛情は湧いてくるものです。ただ、それは正臣くんを縛り付けるための愛ではなく、見守る愛になっているんだと思います。
彼を好きだと思う気持ち、私にもあります。本当は涼の父親としてこのまま過ごせていけたらいいのかもしれない。
ただ、それは彼の気持ちを殺してしまう事になる。
あなたを好きで、愛していて、やっと通じ合える事が出来たなら、それを貫いてほしいと願う気持ちも私にはあるのです。
おかしい話かもしれないけれど、私は涼と二人で生きていくつもりでいます。
ですから、正臣くんにはもう帰る家がありません。
宜しければ、晴美くんに引き取って頂けたら有難いのですが。
大きな身体をした子供の様な人です。
ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願い致します。
_____未希より
じっと文面を見つめる俺の口元が、最後の文章に辿りつくと思わずキュッと上がる。
そして、なんだか心の底から熱いものが込み上がってくると、自然に目頭が滲んできた。
ミキさん_____
物静かなおっとりした顔立ちの女性の、何処にこんな芯の強さがあったのか。
ああ、だからこそ正臣は彼女に幸せになってもらいたいと思ったのか.....。
さっきまで、俺は99パーセントコイツと別れるつもりでいたはずなのに。
このまま勘違いされて、それで終わればいいとさえ思っていたのに。
どうしてこの状況でこの手紙を寄越すんだ?!
..........ったく
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