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第93話 けじめ。
「正臣、お前捨てられたな。」
「____え?」
手紙を仕舞いながら、そういう俺を不思議そうに見る正臣の顔が何とも可哀そうなんだけど.........
手紙を封筒ごと正臣に渡すと「中、読んでみたらわかるよ」
そう云って背中を向けると、カウンターチェアーに腰を降ろす。
そうっと封筒から取り出し手紙を読み始める正臣は、時々瞼が上がったり下がったりと、おもしろい顔になっていた。
「...........なんだよ、これ。マジで?!」
ポツリと呟いた声は、笑っているのか呆れているのか。
「座れば?」
俺が正臣に声を掛ける。
「ああ、..............ミキ、こんな事書いてるなんて。」
腰を降ろしながら俺の方に向かって云うと、ちょっとだけ困った顔をする。
「............なんだろう、母は強しって言うけどさぁ、あれホントだな。」
正臣の顔を見て微笑むとそう言ったが、これは俺の本心。本当に強い人だと思った。
「ミキさん、ひょっとして初めから離れるつもりだったのかな?」
「.............分からない。ミキは今でも相手の男を忘れてはいないし、涼の本当の父親だからな。ミキにとっては涼が一番なんだよ。オレは何だったんだろう...........。」
少しだけ曇った表情を見せる正臣の背中に手を置くと、俺はポンポンと軽く叩いた。
「父親役のつもりが、大きな子供になってたんじゃないのか?!」
「は?失礼な...........。けど、この文面を見るとそういう事だよな。」
少し背中を丸くして可哀そうになるが、俺にとっては有難い事で。
ミキさんが正臣を突き放してくれなかったら、コイツはきっと涼くんの為だと云って、成人するまでは家族ゴッコをするつもりだったと思う。
「正臣、........俺はゲイだ。」
「...........なんだよ改まって。そんなの知ってる。」
「今まではちゃんとした恋愛とかしてこなくて、でも、ちゃんと向き合いたいんだよね。ひとりの男と末永くってヤツ。」
「..........ああ、オレはハルミとずっと一緒に居たいって思ってるよ。お前は?」
「俺も、正臣と居たい。」
「じゃあ、ここに居てもいい?これからずっと.....」
真剣な眼差しで俺を見るというが、その正臣の手を取ると、俺は云った。
「ダメ。」
「えッ、どうして......?」
途端に眉を寄せて辛そうな顔をする正臣が俺の手を握り返す。
「一旦家に戻って、ちゃんと涼くんにもミキさんにも気持ちを伝えて来ないと。ミキさんはああ言っているけど、形だけでも夫婦だったし親子だったんだ。ちゃんとけじめつけて来いよ。」
ミキさんからの有難い手紙をもらって喜んでいる場合じゃない。
ちゃんといろんな事をクリアしなきゃ、俺と正臣もまっすぐ進めない。
「..........分かった。ホテルは引き上げて家に戻るよ。ま、どのみちオレって居候みたいなんだけどな。」
「お前、よくそんな金があるよな。生活とかどうしてるの?ホテル代もバカにならないだろ?」
いくらビジネスホテルだからって、相当の金額だと思って訊いてみる。
「ああ、あそこは...................。実は伯父さんが経営しているホテルで、格安料金で借りてた。」
そう云うと、エヘヘと笑った。
「...................あっそう、.............なんていうか...............お前の家系ってリッチな人が多いんだね。」
「まあ、そこそこだと思うけど。でも、お金の事は兎も角、オレは涼の養育費は援助するつもりなんだ。ハルミには心配かけるかもしれないけど......。」
「何言ってんの?俺はちゃんと一人前の美容師だよ。自分の食いぶちは自分で稼ぐし、お前もちゃんと働け。」
「もちろんだよ。..............」
正臣がそう云いながら俺の手を取ると、自分の胸の前に寄せてくる。
俺はじっとそれを見ている。
次に何をしたいのかは分かっているけど、敢えて知らんふりを決め込んだ。
「あ、......忘れるところだったけど、大原さんは?」
「え?...............ああ、ホントに忘れてた。........あの人は酔いつぶれて寝てただけ。」
「よかったー、なら早く言えよな?!オレ、ハルミの事引っ叩いちゃったじゃん。ごめんな。」
正臣が俺の頬を両手で挟むとそう言った。
「いいよ、アレはアレで気持ちが吹っ切れたっていうか.......。ミキさんの手紙が無かったら今頃俺は、...........」
そっと正臣の胸に頬を寄せて云う。
ボタンの掛け違えが、どんどん二人の距離を離すものと思っていたけど、あの手紙で一気にボタンは元通りになった。
俺が正臣を諦めきれなかった事が、こうしてまた二人を繋ぐことになって、何度もダメだと思いながらまた繋がって....。
運命ってヤツはホントに面白いな。
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