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第103話 ヤな予感。
人波を遮るように立つ俺と正臣。
そんな俺たちを避けると、視線を投げかける見知らぬ人。怪訝な表情で俺と正臣の顔を見ては通り過ぎていく。
立ち止まって睨みあう俺たちに向かって、「お前らいったいどうしちゃったんだよ!」と後を追って走って来た斎藤が声を掛ける。
斎藤も俺と同じように、正臣に翻弄されている。いつも正臣のする事は突然で、その度に俺は頭の中が混乱してしまう。
「なあ、正臣とハルヨシ、何かあったのか?喧嘩でもしてたのか?んな事ないよな?!」
間に入って交互に二人の顔を覗くが、斎藤もまるで分ってはいない。
「あ、そうだ。あそこ行こうよ。前に呼び出し受けた店。アレキサンダーとか云う.....。」
正臣は、云いながら通行人の邪魔にならない様に自らの身体を街路樹の方へ寄せた。
「何?そこ、オレも行っていいのか?」
「あ.......................、ええっと..............。」
斎藤にどう答えればいいのか。チハヤさんの店は、一見普通のバー。でも、10分も居ればそこがゲイの集まる店だってバレる。
言葉に詰まった俺の代りに、正臣は「いいよ。斎藤が気に入るかどうかは分からないけどな。」という。
変に反対するのもおかしいし、斎藤がどう思うかは心配だったが、俺は正臣の態度に呆れているだけで、黙って付いて行くことにした。
せっかくのデート気分はこんな形で壊されて。
おまけに、正臣が斎藤に何をしたいのかもわからないまま。
- - -
いつもの真っ赤な扉が、今夜は恐怖の館に入るドアの様に感じてしまう俺は、息を飲むと思い切り押し開けた。
「いらっしゃーい。」と、笑顔で迎えてくれるのは、やはりチハヤさん。
相変わらずの美形に顎鬚を蓄えて、黒髪をひとつに結わえている。黒のシャツがなんとなく妖艶な雰囲気を醸し出す。
「こんばんは。」
そう云ってカウンターに近付くと、「テーブル席が空いているから、そっちにどうぞ。」と云われた。
軽く会釈をする正臣と斎藤は、ぼーっと辺りを見廻している。
俺が奥のテーブルに着くと、二人も同じように腰を掛けた。声を忘れたのか、目だけがぐるりと動くと客層を見ているようで。
今夜の先客は、平日という事もあってアパレル関係の人が何人かいるだけ。サラリーマンらしき男は正臣と斎藤の二人だけみたいだった。
「えっと、どっちが武田くん?正臣君だっけ?!」
メニューを手にしてチハヤさんが来ると、二人の顔を交互に見て訊いた。
「あ、オレ、です。」
そう云ったのは正臣で。胸の前で小さく手を上げる。
「ああ~、よろしく。そちらの彼も、ね。」
チハヤさんはメニューを置くと笑顔を向けてくれる。
丸いテーブルに向かい合って座ると、正臣がメニューに手を伸ばす。
「あの人がチハヤさん?」
小さな声で俺に訊いてくる。
そうだと云えば、納得したように頷いてメニューを上からなぞり出した。
内心は、俺の心も落ち着かないまま。それでもメニューに目をやって、それぞれに酒を注文した。
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