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第104話 正臣の勘。
注文したカクテルがテーブルに置かれ、そっとチハヤさんに顔を向けると目が合った。
「皆さん同級生なんですか?」
俺たちの顔を見ると訊かれ、「そうです。」と応える。流石に俺と正臣の事は訊いてこないが、もし訊かれたらどう答えようかと内心はドキドキしていた。
「ゆっくりしていってください。」
それだけを云うと、離れて行った。
俺は胸を撫でおろした。他のゲイバーならすぐに男の話で盛り上がるところ。でも、チハヤさんはゲイバーというよりも落ち着いた大人のバーを目指しているみたいで、男でも女でも、来るお客さんは基本ゆったりと飲んで楽しく会話をして帰っていく。
男を漁りに来る客の方が稀だった。が、よく見れば同性のカップルが多いのは分かる事で、フツーに気付くはず。
「ここ、ハルヨシの行きつけの店?正臣も来た事あるんだ?」
斎藤がカクテルに口を付けると訊いた。
「いや、オレも初めて。あ、でも店の外までは来たな.....。」
「はは、外って...............。ハルヨシは何度も来ていそうだな。さっきの人と顔見知りみたいだった。」
「ああ、............俺は先輩の付き合いで来た事あるから。あの人がオーナーなんだよ。」
そう云ってカウンターに居るチハヤさんを見る。
「ちょっと、雰囲気のある人だな。」
斎藤はチハヤさんに興味を持ったのか、俺の耳元に顔を近付けると囁いた。
「おい、近い!」
正臣は、すかさず斎藤の顔の前に手をかざすと、どけとばかりに振る。
「んだよ、正臣は、.....。」と、不機嫌な顔の斎藤が正臣を見た。
「そういえば、さっきのアレ、何だった?........ハルミって、正臣のおんな?ってか、ハルヨシの事、さっきそう呼んでなかった?」
急に思い出したように訊いてくる斎藤。
俺は、視線を逸らすと斎藤と目が合わない様にした。正臣も、すぐには答えず暫し沈黙が続く。
「なんかさぁ_____変だよな、お前ら。」
遂にその言葉が出て、俺は更に視線を遠くへやった。
とても斎藤の顔をまともに見れる状況ではない。身体は痺れて動けない様に固まったまま。取り繕う様な言葉も思い浮かばないし、かといってバカ正直に俺と正臣の関係を告白する勇気もない。
「.................斎藤が云うところの”おんな”ってのは間違ってるけど、ハルヨシをハルミって呼んだのはオレだ。実は昔からオレと二人きりの時にはハルヨシの事をハルミって呼んでた。」
テーブルに頬杖をつきながら正臣は云った。
俺が正臣の顔を見る。と、目が合って、その眼差しの奥には覚悟の様な強い光を放っていた。
「ハルミ、って..............ハルヨシの事か。おんなの名前じゃなかったんだ。あ、そか、漢字で書くと確かに........。」
納得した斎藤だったが、まだ疑問は残る様な口調だった。
「”おんな”じゃないけど、ハルミは俺のもの。............だから、斎藤にはやらない。」
「............は?...............」
そう云って、不思議そうに正臣の顔を見る斎藤。
でも、正臣の眼差しが次の言葉を封じ込めてしまったようで、そのまま黙った。
「無自覚なんだろうけど、斎藤がハルヨシの事、ただのダチとして見てないの分かってんだよ、オレは。」
「え?.................何を...................」
そう云うと、下を向く斎藤の鼻がピクッと動く。
俺はそんな斎藤を見つめてしまうと、驚きで目をまあるくした。しょっちゅう店に顔を出していた斎藤に、そんな気があったとは思えない。ただのサボリの口実だと思っていたし、特に何を云われたわけでもなかった。
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