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第106話 後戻りは出来ない。
斎藤とバス停で別れると、俺と正臣はゆっくり歩き出す。
街路樹の植え込みを避けながら、すれ違う人にぶつからない様に、それでも並んで歩いた。
手を繋ぎたい様な衝動にかられ、思わず指の先で正臣の鞄を持つ手に触れてみる。すると、正臣も小指の先を俺の人差し指に絡めた。
ほんの一瞬の事。
今まで隠していた二人の秘密を斎藤に打ち明けただけで、こんなにもドキドキと浮かれた気分になる。
否定されなかったのが嬉しかったんだと思う。もし、否定されてしまったら、きっと今頃は深く沈んだ気持ちになっているはず。
斎藤に感謝、だな。
「今夜は?家に帰るんだろ?!」
俺は正臣に訊ねる。引っ越しの準備もあるだろうし、後少しの時間を家族として過ごしたいだろうと思って。
「..........そうだな、今夜は帰るよ。」
そう云って苦笑い。何処かで歯止めを付けないとずるずる一緒に居てしまいそうだ。
それに、もうすぐ俺も日本を離れる日が来る。本当は嫌だけど、この仕事を自分で選んでここまで来た。
「じゃ、ここで。」
「ああ、気をつけて帰れ。」
二人、手を上げるとそれぞれの方向に歩いて行く。
駅に向かう正臣の背中を少ししてから振り返って見た俺。
もう、後戻りは出来ないな。
そっと呟くと、また元の道を目指して歩き出した。
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