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第109話 どうしたんだろ。
帰り際、大原さんがロッカールームに入ろうとした俺を呼び止める。
「ハルヨシくん、今夜飲みに行こうよ。チハヤさんの店!」
ちょっと投げやりな云い方をされて、俺は断れない。だって不機嫌そうな大原さんの顔を見て断ったら益々不機嫌になるのが分かっているから。
「..........はい、........」
ひと言だけ返事をすると、ロッカーからバッグを取り出した。
それを肩に担いでドアの所に行くと、先に出たかと思っていた店長がそこに居て、俺は目が合ってしまった。
「あ、お疲れ様でした。」
「お疲れ。これから飲みに行くの?二人とも元気だなぁ~」
そう云った店長のちょっと呆れ顔が気になる。今までの俺は、大原さんと距離をおいていた。
というか、大原さんが俺にとって近寄りがたい感じだったからだけど、ここに来て親しくなって、それを店長も不思議に思っているんだろうと思った。
「や、元気じゃないですけど........。付き合いっていうか、滅多には行かないですけどね。」
なんて、弁解がましい事を云ってしまった俺。
別に親しくなったっていいんだけど、大原さんがゲイだってのは周知の事実だから、俺も同類だと思われてしまう。
思われても、実際にそうだからいいんだけれど..........。
とは言いつつ、内心はそっとしておいて欲しいと思っていた。
「明日に響かない様にね。特に、ジュンくんは飲み過ぎるからさ。ハルヨシくん気をつけてあげてね。」
「あ、はい。分かりました!」
店長は誰かを待っていたんじゃなかったのか?
アッサリと、俺に大原さんのお目付け役を申し渡すと帰って行った。
「ったく、気が弱いんだよね、店長。」
「は?」
後から来た大原さんは、店長の後ろ姿を目で追いながら云った。
俺は横目でそれを見ると、「でも、そこが店長の優しい所ですから。」という。店長が優しいから、俺や洋介くんはこの店が居心地よくて、他の店には移りたくないと思うんだ。
「大原さん、店長と何かありました?」
恐るおそる訊いてみる。
「............ま、それはチハヤさんトコに行ってから教えてあげる。」
大原さんは俺の背中をポン、と叩くとドアを開けて外へと出た。
俺もその後を小走りでついて行くと、途中で並んで舗道を歩く。行き交う人波に当たらない様に上手く避けながらチハヤさんの店を目指すが、どことなく気分は乗らなかった。
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アレキサンダーの店内は、いつも通りジャズの音色が心地良くて俺のふさいだ気分も解れる。
それに、チハヤさんが今夜は髪の毛を降ろしていて、いつも以上に綺麗でカッコよくて惚れぼれしてしまった。髭さえなけりゃぁ本当に美人だ。
「今度またカットしなきゃ、だね。モデルに来る?」
大原さんがチーズを摘むと、目の前にいるカウンターの中のチハヤさんに訊く。
「や、明日天野さんがカットしてくれるって。本店に呼ばれてるから、ついで。」
「あ、そう。..............ならいいけど。本店に何の用事?」
「輸入物のコルビジェの椅子が欲しいって云うから、取り寄せたの持って行くんだ。」
「へえ、凄く高いんでしょ?金持ちは違うよねぇ、流石オーナー」
そう云うと大きく溜め息をつく大原さんに、チハヤさんはクスッと笑って顔を覗き込む。
チハヤさんにも大原さんの不機嫌さは伝わるんだな。店に入ってきてからも、俺にはオーダーを訊いてくれただけで言葉を掛けてはくれていない。
俺も自分から地雷を踏みたくはない。そっと飲み物を口にして、おとなしく二人の会話に耳を傾ける事にした。
でも、そろそろ限界かも。
チハヤさんは大原さんの頭に手を置くとグシャッと撫でた。
「おーはらが不機嫌だとハルミくんが可哀そうだろ?!付き合いで来てくれてんのに、ね?」
俺の方を向くとそういう。その顔が申し訳なさそうで、返って恐縮してしまう俺だった。
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