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第110話 どうして荒れてるの?

 「どうしてみんな、ハルヨシくんには優しいのかなぁ~。僕ばっかり責められてさぁ、ずるいよ。」 グラスの中のものを一気に飲み干すと、大原さんは俺の顔を恨めしそうに横目で見た。 ____とんだとばっちり。別に俺が悪い訳じゃないと思うんだけど。 「それは、おーはらの性格が悪くてハルミくんの性格は可愛いからじゃないかなぁ。ははは」 チハヤさんは火に油を注ぐみたいな事を云うと、大きな声で笑った。 グッと睨む大原さんの目が怖くて、俺は言葉を掛ける事も出来ない。 まあ、冗談だろうけど、今はそれも大原さんの心情を逆なでするみたいで。 「ひっどいよねぇー、ねえ、ハルヨシくん!?」 「え?ああ、....はい。」 俺は慌てて答えるとグラスの酒を飲み干す。 もう帰りたい。.........結局、店長の話は何だったんだ?未だに分からないまま、大原さんがどんどん荒れて行くのを見ているしかないって........。 「........そういえば、........台湾の店に行くんだって?」 チハヤさんが俺の顔を覗き込むと訊いてくるので、「ええ、オーナーからはそう云われているんですけど.......。」と、自分でも分かるほど低めのテンションで答えた。 「なんだぁ、気が進まない顔してるなあ。」 「そりゃあ、ハルヨシくんは彼と離れたくないんだもん。浮かない顔になるよねえ、僕とは大違いだ。」 「.....や、そんな事は...........。でも、日本から出た事ないんで、緊張するっていうか。それに................、まあ、離れるのも不安ではあります。」 「ほらぁ~、惚気てるんだから!ちょっと、電話、電話!武田くんを呼んで!」 「あ、........それはダメです。アイツ引っ越しの準備で忙しいんで。」 おもわず大原さんに云ってしまえば、「え~~~っ、遂にハルヨシくんの元に?ヨメはどうした?ぶんどったの?!」なんて、益々悪ノリされてしまった。 「いえ、そういうんじゃなくて............、困ったなぁ............」 頭を掻いてうな垂れる俺に、チハヤさんが大原さんのグラスを取り上げると「ハルミくんそろそろ帰った方がいいよ?!コイツ、しつこいから。」と云ってくれる。 俺は悪いと思いながらも、ホッと胸を撫でおろした。絡まれても辛いだけだし。正臣の離婚の話なんて出来やしない。 「すみません。店長と何かあったらしくて、ちょっと機嫌が悪いんです。店長は大原さんが飲み過ぎないようにって、俺に見てるように言ったんですけど..........。俺じゃぁムリみたいで。」 「いいよ、いつもの事だ。自分の思うようにならないと、落ち込むくせに強がって相手を怒らせる。悪い癖だから、さ。ハルミくんは気にしなくていい。」 「.....はい、ありがとうございます。」 チハヤさんに礼を云うと、隣の大原さんを見る。すっかりカウンターに突っ伏してしまっている。 俺はそっと立ち上がると、バッグを掴んで財布を取り出した。 「あ、いいって。これはおーはらのおごりだろうから。うんと高く請求してやる。」 「え、............ああ、すみません。ご馳走様です。」 「大原さん、俺、先に帰りますよ?!」と、声を掛けるが、返事は無くて。 仕方なく、チハヤさんにお辞儀をすると店を後にした。 俺って、どうしてこうなるんだ? 色々振り回され過ぎだろ!.................ったく。 ブツブツと呟きながら、街灯に照らされたアスファルトを踏みしめてマンションまで戻る。 エレベーターに乗り込もうとして開いている扉を覗くと、そこには正臣の姿が。 「ぅわっ!..........ビックリしたぁ、」 「おお、丁度いい所に。さっき携帯に電話したけど、電源切れてる?」 「え?................」 正臣に云われてエレベーターの中でスマフォを取り出す。と、充電切れになっていた。 「ほら~っ、全く、これだから.......。」 正臣が呆れたように云うが、ドアが開いて通路に降り立つと口を閉じた。静まり返った通路を足音を立てない様に俺に付いて歩くと、静かに部屋のドアを開けた途端、滑り込むようにからだを入れる。 ドアが閉まり、漸く俺は「どうしたんだよ、こんな時間に。明日引っ越しじゃなかったっけ?」と尋ねた。 正臣の顔を見られて嬉しいが、明日の夜にでも行って少し手伝おうかと思っていた俺。 「そうなんだけど、もう一度顔を見て確認しとこうと思って。」 「え?何を?」 「ハルミが、オレのところに来てくれるのかどうか。」 「..............ぁ、そんな事?.............」 「うん、だってハッキリ聞いてないから。」 少し不安そうな正臣の顔を下から眺める。俺は、自分だけが不安なんだと思っていた。でも、正臣もまた新たな生活に不安を感じているのかもしれない。そう思ったら、このシロクマみたいな男でも可愛く思えてくる。 「俺の居場所は、正臣のところしかないよ。隣、な。お前の隣は俺の定位置だから、開けておいて。」 自分でも恥ずかしい言葉を吐くと、酔いが回ったかの様に顔が熱くなる。 頬に手をやって熱を確かめようとしたら、正臣の手に遮られてしまって、そのまま頬を挟まれるとくちづけをされてしまった。

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