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第114話 大原さんとチハヤさん。
正臣に、遅くなっても必ず行くとメールだけを入れて向かった先はチハヤさんの店。
アレキサンダーの店内は、この日が定休日のせいでお客さんはいなかった。
天野さん、つまりオーナーと親しくしているよしみでこの場所を提供してくれたチハヤさん。奥のテーブル席に座る俺とオーナーと大原さんの三人にカクテルとつまみだけを出すと、カウンター席に座って静かに雑誌を読み出した。
「チハヤくんごめんね?!お休みのところ。」
「いえ、いいですよ。どうせおーはらが寄って来る予定だったし。それに、ゆっくり話も出来るだろうから。」
チハヤさんはニッコリと微笑むと云った。
「ありがと。..........それにしてもジュンくんのその顔、なんだか瞼が腫れて可愛さ半減て感じだよねぇ。」
オーナーは、横に居る大原さんの顔をまじまじと見て云った。
店長に咎められた後、ミネラルウオーターをがぶ飲みしていたせいで大原さんの顔は朝よりもむくんでしまった。
可愛さ半減、と言われるのも分かる気がする。
「28の男に可愛さを求めないで下さいよ。」
ふてぶてしく云うが、いつもは俺に対抗して自分の方が可愛いとか云うくせに.....。
俺は横目でじっと見つめると、自分の眼の前のカクテルに口を付ける。
「さっきからおとなしいね、ハルヨシくんは。」
と、今度はオーナーから俺に言葉が降ってきて焦った。
チハヤさんとならまだしも、オーナーと普通に会話をするとか、緊張してしまう。
「あ、.........いえ、そんな事は......」
俺は小さな声で云うと少しだけ微笑んで見せたが、多分頬は引きつっていたと思う。
「ところで、お話って何ですか?台湾の店舗は決まりました?」
大原さんが業を煮やしてオーナーに訊く。その話をする為に、俺と大原さんは呼ばれたんだと思った。でなきゃ俺なんかと酒を飲むはずが無い。
「ああ、そうなんだ。実は両親の住む街でいい物件があってね、話は聞いていたんで先日見に行って来た。」
「え、行かれたんですか?!」
「うん、飛行機で4~5時間くらいだもん、アッという間に着いてしまうからね。こじんまりしたいい感じの店舗だった。」
オーナーは思い出しながら笑みを浮べて云うが、俺は内心残念な気持ちになっていた。本格的に話がまとまりそうで、そうなると正臣との別離も現実みを増して来る。
「もう、さっさと決めて下さいよ。僕は明日にでも行けますからね!」
「え・・・・」
大原さんの言葉にビビる俺が、思わず声を出した。
_____俺はまだ心の整理がついていない___
「昔から、僕はこの身体ひとつで転々としてきたんです。今だって...........、別に未練がある訳じゃないし。居なくなっても誰も悲しみませんからね!」
BGMも絞ってある静かな店内に、大原さんの投げやりな言葉が響いている。
俺は、昔の大原さんがどんな人だったかを知らなくて。ちょっと絡みづらいタイプだとは思っているが、そういえば親や兄弟、実家の話なんかも聞いた事がなかった。チハヤさんと一緒に居る以外は、ゲイバーを渡り歩いて遊んでいるイメージしかない。
「ジュンくんが日本を離れたらチハヤくんが寂しがるだろ?.........なあ?!」
オーナーはそう云うと、カウンター席のチハヤさんに問いかけた。
チハヤさんは雑誌をテーブルに置くと、ゆっくりこちらに歩いてくる。
「寂しがるわけない。チハヤさんは、仕事があればそれで幸せなんですからね。」
尚もそう云って、大原さんはオーナーを見た。それから目の前に来たチハヤさんの顔を下から見つめると、フイッと横を向く。
...............あー、なんか...........、ひょっとして大原さんはチハヤさんに止めてもらいたいとか?
そんな事が頭をよぎると、俺は二人を交互に覗き見た。
ガタタ、っと椅子を引くと腰掛けるチハヤさんは、クスッと笑いかけてオーナーの天野さんの顔を見る。
オーナーも、チハヤさんの顔を見ると、なんだかニヤケていた。
「.........天野さん、はっきり言ってやってくれないとオレ、おーはらに冷たい男だって思われてんですけど。」
顎に蓄えた髭に指先を擦りつける様にして、チハヤさんはオーナーに云う。
それを受けて、オーナーもニッコリ微笑むと大原さんの顔を見た。
「ごめんね?!実は台湾の店で働いてもらう話は無くなったんだ。」
「「ぇえっ?!」」
大原さんと二人、俺もつい大きな声で叫んでしまうとオーナーの顔を二度見した。
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