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 僕が眼を見張ったのは、四角い匣。  上部にラッパの様な物が付いている。  蓄音機  父様の書斎で見たものと同じ。  円盤の上に針を落とし、音楽を奏でる。  「なんだ、見た事があるのか」  僕の眼が輝いたことに、彼は笑みを一層深くした。  其れを畳に置き、彼はレコードの上に針を落とす。  流れてくる静謐なメロディはピアノだろう。  音はひとつひとつ高いところから落ちてきて、僕の頬を弾んだ。  弾んで、撫でる。  音が撫でた後には水が残った。  美しく、静謐で、哀しい。  「おい」  彼が僕を見た。  「何故泣く」  ぶっきらぼうだが、彼が当惑していることは判った。  彼になんと言えば良いのだろう。  考えるうち、彼は絣から手品の様に、丸い、薄いボォルの様な物を取り出すと、僕に差し出した。  小さく首を傾げる。  其れは飴色に輝き、透明で綺麗。  「風船飴だ、女子供は甘いものが好きだろう?」  手にすると其れは冷たく、薄い膜で覆われている。  僕はどうしたらよいか解らず、其れを掲げて透かし見ていた。  柔らかい。  たぽん、  と音がしそうだ。  「生憎、楊枝がない」  彼は僕から其れを取り上げると、指先でそっと突いた。  膜が破れ、とろりとした飴色が溢れ出る。  彼は再び其れを僕に差し出した。  「舐めてみろ」  僕は彼の柔らかい声に示されるまま、舌を突き出した。  舌は微か震え、膜の破れた処に触れる。  甘い。  僕は驚いて彼を見た。  風船飴を持つ彼の手の甲に指先で”アマイ”と書く。  「そりゃあ、当然だ。飴だもの」  彼の破顔を、僕は初めて見た。  子供みたいな笑顔は、遺影の将校殿よりずっと魅力的で、僕は少し眩しくて眼を細めた。

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