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「こんな格好がいいのか?」
彼は軍帽を被り、訝しげに僕を見た。
僕の強請ったものは、あの将校殿の姿。
あの、将校姿の彼と、寫眞を撮ること。
「最早あの遺影程の精悍さもないだろうに」
何時に無く良く笑う彼は、僕を不安にさせる。
強い布の感触を両腕いっぱいに抱きしめた。
父の、出征の日を思い出す。
父は海軍で、彼は絞りの入ったカーキ色の軍服だから、実際は違うのだけれど。
胸に抱くと、芳しい匂いがした。
此の街中に溢れて居た匂い。
戦場で溢れていた匂い。
今も鳴りを潜めながら、街角で、駅で、河原で、何処かで漂っている匂い。
僕は顔を上げて彼を見た。
ただ彼は僕を見て笑う。
これは、彼から匂うものなのか。
其れとも彼の経験した戦場で染み付いた匂いなのか。
「ヨウ」
僕は判断がつかずに惑う。
「どうかしたのか」
其の匂いは、ひたひたと音もなく近づいてくる、
死の匂い。
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