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 僕は彼を見つめた。  死にそびれたと語った彼が、今は本当に死の際にいることが判った。  「すまなかった…」  其の掌が僕の頬に触れた。  其れに頬を擦り寄せ、瞼を閉じる。  謝ラナイデ  僕は聞こえない声で彼に言う。  両手を付いた彼の胸から慎ましやかな心音と、肺が悲鳴を上げる音が、響いていた。  ひゅーひゅーと、空気の抜ける音がする。  「あぁ…来る」  見ナイデ  鬼など見ないで、僕がそばにいるから。  僕が守るから。  大丈夫。  彼の胸に再び縋りつき、次第に冷えて行くその体をさすった。  僕の貧相な体じゃ、彼の身体を覆うことはできない。  できないけれど。  どんどん体は冷たくなっていく。  氷みたいに。  「私だけが、」  喋ラナイデ  「生き残って仕舞った」  僕は眉根を寄せた。  だから今度は、僕を置いて行くのか。  「あー…」  力ない呻きが、彼の口から息とともに吐き出される。  「あ」  急に彼が目を剥き、僕は驚く。  「~~~!!~~~!!」  痙攣。  彼の躰が仰け反り、がくがくと揺れる。  僕は突き上げられ、彼は胡乱な眼を見開いたまま、身体をこわばらせた。  何が起こっているのか判らなった。  僕は、彼の顔を見た。  血の色をした泡が彼の口の端からあふれていた。  「よ・・ぉ…」  彼の躰が落ち、其の目から、一筋、涙が落ちた。  再び耳を当てた彼の胸から、鼓動の音は、もうしなかった。

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